クリスティーナの世界
十代の頃、岩波文庫の『アメリカ名詩選』を手に取り、その表紙に目を奪われた。
ワイエスの「クリスティーナの世界(Christina's World)」。
草原に横たわる、少女と覚しき後ろ姿。
遠方には家が見える。
少女は、突然その場所にワープさせられたかのような、新鮮な驚きを放っていた。
それから十余年、NHKの『日曜美術館』のワイエス特集を観て、驚愕した。
作者の意図は、私の解釈とまるで違っていたのだ。
まず、描かれているクリスティーナは、少女ではなく大人の女性だった。
横たわっているのは足が不自由だからで、這うようにして懸命に進んでいるところなのだという。
そして遠方の家は彼女の自宅で、初めての光景でも何でもなく、いつもの帰り道だったのだ。
ワイエスは、知人であるクリスティーナが懸命に帰路を進む姿に胸を打たれ、絵筆を取ったそうだ。
こうした事情を知ると、絵からは違った魅力が感じられるし、作者の人柄も想像できる。
しかしながら、何の解説もなければ、上述の意図を汲み取るのは難しいであろう。
やはり、この絵の場合、作者の意図を越えたところの魅力が人々の心を捕えていることは否定できない。