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「判決文」に重ねられた人生の重み
『虎に翼』第105話、明律大学法学部の皆さんによる判決文が素敵すぎました。判決内容、それぞれのパートを誰が読むかも、とても考えられていたと思います。
久保田「主文。私たちは申立人の夫婦それぞれの姓での婚姻関係を認める」
久保田先輩は結婚し出産・育児との両立に苦しみ、弁護士を辞めたのでしたね。「婦人弁護士なんて物珍しいだけで、誰も望んでなかった。 結婚しなければ半人前。結婚すれば、弁護士の仕事も家の事も満点を求められ……絶対満点なんて取れないのに」と、苦しみに満ちた嘆きを寅子に漏らして。
夫の故郷(でしたよね?)である鳥取に移住し、弁護士に復帰している模様。「私の両親も移住して共に暮らしている」とのことですから家事育児を実両親にも手伝ってもらっているかも知れませんね(義両親も?言及がないのでそこはわかりませんが)。
中山「理由。民法において夫婦はどちらかの氏《うじ》を名乗ると決められてはいるが」
泣き虫の中山先輩はその後も涙涙で久保田先輩に(今回は窘められずに)優しくされていましたね。
在学中すでに結婚していて、中山は夫の姓と推定されます。
横浜で弁護士としてスタートしたけれど、子供が産まれ、夫が招集されてしまい、いったん弁護士業をやめました。でも、無事に復員できた数少ないラッキーマンだったようで、ふたりめのお子さんが産まれて手がかからなくなると「君にはやっぱり法律の世界がよく似合う」と勧めてくれて(何と素敵な男性でしょう、どこかの場面で出てらっしゃらないかしら)。法曹界復帰して今は検事。
凉子「姓を変えることは夫婦どちらかの社会生活に不利益や不都合をもたらすおそれがある」
桜川男爵家を維持するために学業を諦めて婿を取り、夫を男爵家の枷《かせ》から解き放つために離婚した凉子さまが、このパートを受け持つのですね(重い)。「母から娘に受け継がれる理不尽」にて華族における家制度に触れましたが、日本国憲法第14条2項により華族制度は廃止されました。
凉子さまは家族制廃止に伴う重税を払うために家屋敷を処分し、残ったお金で新潟で喫茶Lighthousemを玉ちゃんと切り盛りしているのでした。
香淑「名前を変えることで自分が失われると感じる人もいる。夫婦のどちらかがそれを負うのは、平等と言えないのではないか」
ヒャンちゃんがこのパートを口にすることの重さよ。
魔女ファイブが海岸に出掛けた時、凉子さまが「あなたのお国での本当のお名前は?」と問われ、日本語読みの「さい こうしゅく」でなく「チェ ヒャンスク」が朝鮮語での名前だと答え、「ヒャンちゃん」と呼ばれるようになったのでしたね。急ぎ朝鮮に帰国し、戦火をくぐり抜けていた時、汐見圭さんと出会い、一緒になるために故郷と家族を捨てて日本に再来日しました。そして「日本人 汐見京子」として生きるために「崔香淑」のすべてを捨てました。優しい夫と共に娘を育ててきた日本での日々ですが、この再会の前に朝鮮半島で国をふたつに割る朝鮮戦争が勃発しており、どんな気持ちだったでしょうね……。
放送時はカットされていますが、シナリオにはヒャンちゃんが汐見圭さんに伴われて山田轟法律事務所を訪れ、梅子さん(思えば明律大学入学時から梅子さんは真っ先にヒャンちゃんを気に掛けて独りぼっちにならないようにしてきたのでした)、よねさん、轟くんと再会する場面があります。
梅子「同じ姓を名乗ることが、夫婦や家族であることの証しにはならないと考える人もいる」
そして、梅子さんがこのパートを口にすることの重みよ。
姑と三人の息子を見限って家を出た梅子さん。「同居しないという選択」でその選択を熱く支持した私、心配りも包容力もあり、人を励ましたり元気づけたりすることができる梅子さんの大ファンでございます。
轟くんとよねさんとの三人暮らしはもう10年近くになるでしょうか。「家族のようなもの」「家族も同然」と、親子の血縁や夫婦関係によらない家族を手に入れたのですねぇ(そして、竹むらのあんこの味を継ぐ日も近いと思います)。
玉「同じ姓を名乗るか、それぞれの姓を名乗るかは、申立人の夫婦間で自由に決定するべきである」
凉子さまと玉、互いにbosom friend(日本語に訳すと「親友」ですが、SNSの投稿では同性の親密な間柄を暗喩するという意見もあるようです)であることを確認し、共に扶け合って生きていますね。
バリアフリーが実現していない時代、車椅子で新潟から東京に出て来るのは(凉子さまが同行していても)物理的にとても大変だったろうと思います。晴れやかで愛くるしい笑顔のまま、法服に身を包む姿……ちょっぴり誇らしげにも、照れているようにも見えますね。
よね「それは憲法に保障された権利のはずである。よって星航一と佐田寅子のそれぞれの姓での婚姻関係を認め、主文の通り決定する」
よねさんは、寅子が佐田姓を維持したいことを口にした時、それを「当たり前の権利」と言ってくれましたね。
そして、よねさんと言えば、今は山田轟法律事務所となった部屋の壁に大書された日本国憲法第14条。「あたしたちは、ずっと、これが欲しかったんだ」と、噛みしめるように条文を見つめていた姿。このメンバーの中で誰よりも、平等と基本的人権を求めてきた闘士です。
轟「我々の主張には法的効力はないが、これをふたりへの、結婚の祝いの言葉とする」
愛する人と婚姻関係を結ぶことのできない轟。それはそれとして、友人の結婚を心から祝う。轟はそういう漢。
放送されなかった場面、セリフに、花江に「星家のお嫁さんになるんでしょ」と言われて寅子が戸惑う、というところがあった。うーん、残しておいて欲しかったな。先週から今週にかけて「お嫁さん」は隠れキーワードだと思う。日本国憲法にもとづく新しい民法では結婚した女性は「無能力者」ではないけど、「お嫁さん」「結婚して婚家に入る」という概念は根強く残っていることを示唆しているのだから。