見出し画像

8Hz - 9Hz 『夢で夢で夢で逢えたら』


目が醒めたら、ミラーボールが落ちてきた。



眩く反射した光が一直線に僕の身体を突き刺そうとしてきて、瞬きをすることで回避しようとする。
何だか怖くなって、もう一度目を閉じてしばらくしてからゆっくり瞼を開けると、見慣れない天井とミラーボールが遠くにあった。


ここはどこだろう?



ぼやけた視界にレンズをつけたかのように、世界が鮮明になったタイミングで頭に痛みを感じる。
昨夜の記憶を思い出せば出そうとするほどその痛みが強くなっていき、また目を閉じれば良くなるかと思ったが、そんなことはない。

昨日はHzに立っていたはずだ。年末の慌ただしさもあって来てくれる人も多く、何回も乾杯した記憶だけが微かに残っている。誰が来たのかは全く覚えていない。いや、本当にHzに立っていたのかどうかも怪しい。

目を開けたら少しは状況が良くなるかと思ったが、むしろその逆だった。
斜め上から「やっと目覚ましたネ」とあのちゃんみたいな女性の声がして、そちらに視線を飛ばす。
見知らぬショートカットの黒髪女性がシートの上に立っていて、ポンポンと跳ねていた。

そこで初めて、ここがカラオケボックスであることに気がついた。
女性が立ちながらデンモクを操作して曲を入れる。銀杏BOYZの『夢で逢えたら』のイントロが流れる。「歌う?」とデンモクを渡される。頭が痛い。



この女の子は誰なんだろう?



お客さんじゃない。友達じゃない。全く見たことがない。
でも、かわいい。


君の胸にキスをしたら
君はどんな声だすだろう


とてつもなく音痴なAメロが、僕の心を揺さぶってくる。よくわからないけれど2024年の記憶がスライドショーみたいに流れて、スライドが切り替わるたびに女の子の音程が外れる。


旅行に行ったり、フェスに行ったり、BBQに行ったり、山登りに行ったり、ガールズバーに行ったり。

楽しかった記憶の中に、記憶のない夜がいくつもある。


記憶のない夜は、もはや無い夜に等しい。
記憶から消し去りたくなるような失敗を犯したから、脳みそが気を遣って削除してくれたのだろう。
後悔だらけの、恥ずかしい、大人とは思えない、思い出したくない、そんな夜。
だから昨日もきっと無かったんだ。だって、昨日の記憶がないんだもん。


まぼろしみたいなメリーゴーラウンド
一瞬が永遠に感じて
僕の汗のにおいが君にばれたような気がした



この女の子は誰なんだろう?
もしかしたら、あのちゃんなのかもしれない。うん、きっとそうだ。
きっとここは六本木で、Mステの特番終わりかなんかでカラオケに来たあのちゃんと偶然部屋の前で鉢合わせて、「セッカクダカライッショニウタオウヨ」と言われて部屋に入って、2人で楽しく多様性したりなんかして、疲れ果てて寝てしまったに違いない。ソウダソウダ。


そしたら僕は一体何者なんだろう?粗品??
ミラーボールはまだ回っていて、世界は眩しい。
M-1をとったときの光景に似ている。そうか、僕はツッコミだったんだ。


君に好きな人がいたら悲しいけど
君を想うことだけが
それだけが僕のすべてなのさ


あのちゃんは最後まで音痴に歌を歌い上げて、「ジャアネ」と言い捨てて部屋から出ていった。
状況はいまだによくわからないけど、咄嗟に「良いお年を」と手を振って別れた。


手を降ろしたときに自分の右手首が視界に入って、スウェットの裾が汚れていることに気がつく。
最初は何だろうと思ったけど、ゲロだった。よくよく見たら自分は全身ゲロまみれだった。そして臭い。

急に恥ずかしくなってトイレに行って自分の姿を見た。髪はボサボサで、目はほとんどなくて、服はひどく汚れていた。
昨日は確かにあったんだ。あと、粗品じゃない。


部屋に戻ってスマホを見ると、7時50分。
もはや朝なのか夜なのかもわからない。
急いで外に出ようと伝票を持ってレジに向かう。
財布を出そうとしたが見つからないので、仕方なくPayPayで支払う。
支払いの後に昨日の取引履歴を見たら知らないお店で3万円くらい払っていた。全く覚えていない。


外に出ると目の前に西荻窪駅があった。朝だった。
駅前でさっきの女の子が革ジャンを着たパンクロッカーみたいな男とちゅーしてた。
ここは六本木でも、女性はあのちゃんでも、僕は粗品でもなかった。
ここは西荻窪で、僕はひとりで、ゲロまみれで、財布がなくて、頭が痛い。

この1年、失敗ばかりの夜だった。
毎回反省した。お店に立つ側としても、お客さんとしても、良くない発言とか、行動とか、振り返るたびに後悔して、「もう二度と飲まない」と誓った。
昨日は確かにあったけれど、記憶がなかったことにして有耶無耶にする。
そんな夜が続いて、年の瀬を迎えた。


あの夜を覚えていない。
あの夜も、あの夜も、あの夜も。
夢だったらいいのにと何回も思ったけど、醒めたらやっぱり現実は現実だった。


それでも朝はやってくる。
だから、明日を見るしかない。エピソードトークにするしかない。未来の自分に期待するしかない。
いや?本当にそれでいいのだろうか?
お酒をほどほどにする?断つ?人と会わない?
何回も自問自答して、考えて考えて、自分と自分の好きな人の喜ぶ顔を想像して、最適な選択をするしかない。
これは寝ても醒めても現実の今年で、今日で、今この瞬間の話だ。夢なんかじゃない。

ゲロまみれの僕と、べろちゅーしてるあのちゃん。
年忘れというけれど、この光景を忘れずに2025年を迎えなきゃいけないと思った。
トイレの鏡で見た自分の姿を戒めに、この姿を二度と人前で見せないように、今を生きるしかない。
涙と悔しさが込み上げる。あのちゃんが彼を見つめる表情は、やっぱりかわいかった。



夢で逢えたらいいな
君の笑顔にときめいて
夢で逢えたらいいな
夜の波をこえてゆくよ


今日は何日だろうとスマホを見る。
12月31日、2024年最後の日。
スマホの画面を落とすと自分の顔が映る。



これは、このnoteを読んでくれたあなたの物語です。
今年1年、ありがとうございました。
2025年もよろしくお願いします。






いいなと思ったら応援しよう!