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『機動武闘伝Gガンダム』補論〜ドモン・カッシュという主人公は意外と……?〜

先日の記事で『ドラゴンボール』と『機動武闘伝Gガンダム』は似た要素を持った作品ではあるが、評価基準も世界観も価値観もまるで違うと書いた。
しかし、とはいえやはり同時代に似た作品が出ると何かしら比較対象になり得る要素はあるので、そこを今回は改めてピックアップしてみたい。
というわけで、今回のトピックはその「Gガンダム」に関する話なのだが、リアルタイムで見た時から今回は思っていたことを書いてみたい。

おそらく「Gガン」視聴者なら一度は考えたことはあるだろうが、主人公ドモン・カッシュって意外と肉体的にはそんなに強くなかったんじゃないの?

格闘漫画・アニメの主人公には珍しく細身のドモンくん

以前からこれは思っていたことだが、あの圧倒的強者がひしめき合う「Gガンダム」の世界においては屈強なパワーファイターが数々登場する。
わかりやすい例でいえばウルベ・イシカワやアルゴ・ガルスキー、グラハム・アンドリュー、マーキロット・クロノスなどの圧倒的なガチムチ勢だ。

シャッフル一のガチムチなアルゴ
アルゴに並ぶガチムチのグラハム
日本代表のガチムチなウルベさん

この3人は見た目からわかるようにとにかく鍛え上げられた鋼の肉体を持っており、実際ドモンは真っ向勝負で肉体でぶつかり合った時に勝ち目がなかった。
アルゴとの初戦、決勝大会初戦のマーキロット戦、そして終盤のデビルコロニーにおけるウルベ戦は純粋な力のぶつかり合いでドモンは押し負けていたのである。

しかもそれだけではなく、師匠の東方不敗マスターアジアやシュバルツ・ブルーダーという格上相手だとテクニックも併せて総合的にドモンは負け戦が多い
決勝大会で全戦全勝を宣言しその通りに有言実行したために最強主人公の印象があるのだが、実はよくよく見ていくとドモンは純粋な技や力のぶつかり合いでは意外に負けたり出し抜かれたりしている。
技に関していえば、わかりやすい例だとサイサイシーやジョルジュがそうであり、サイサイシーは体格で劣る分スピードとテクニックを用いた奇策で相手を強かに出し抜いていた。
そしてジョルジュも表面上はテクニックファイターかと思いきや、所詮ふぇ崩れかけたエッフェル塔を支えたり、グランドガンダム相手にも凄まじい内在的な力を隠し持っている。

そう考えるとドモンって流派東方不敗で10年修行を積んでたことやレインという優秀なパートナーが居たことを除くと、意外と単独での強さはこの世界だと普通なのかもしれない
幼少期の思い出が出てくるのだが、小さい頃のドモンは泣き虫の甘えん坊だったし、大人になってからも実は精神的には脆い部分が多く割と激情しやすい繊細な一面を持つ。
それが兄への復讐という歪んだネガティブなエネルギーとなって「怒りのスーパーモード」として表現されていた前半ではそのせいで何度も隙を突かれては敗北を喫している。
その精神的弱点を克服させるためにこそシュバルツは「明鏡止水」という真のスーパーモードをギアナ高地で会得させたわけだが、明鏡止水が何であるのかは以前に「大自然の気」ではないかと考察した。

「Gガンダム」ではいわゆる「ガイア理論」なるものが直接に語られていないが導入されているのではないかというのがあって、例えば石破天驚拳は大自然の気を己の掌に集めて放つ技だ。
この最終奥義は39話で初めてドモンが習得したが、この際に東方不敗は「ワシにはもう石破天驚拳を撃つ力は残っておらん」と言っていたが、これはよく見れば変な話である。
ドモンと東方不敗は直後に残骸の高層ビルを蹴り上げているのだから余力自体は十分にあるはずなのだが、なぜ最終奥義を放つだけの力が残っていないというのであろうか?
理由はいくつか考えられるが、それも全てドモンの肉体があの世界でひしめくファイターの中で割と強くなかったからその弱さを補うためだと考えれば説明が可能である。

同じ色の輝きを放つ超サイヤ人と明鏡止水だが、大きな違いはいくつかあるが、映像表現として可視化されているものを比べると大まかに分けて「エネルギーの発生源」と「気が向かうベクトル」であろう。
まず1つ目だが、超サイヤ人は「穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚める」ことが条件であり、エネルギーの発生源はあくまでも使用者の体内から発するものだ
幼少期から当たり前に超サイヤ人になれる悟天とトランクスは別として、孫悟空・ベジータ・未来トランクス・孫悟飯は「激しい怒り」という負の感情が己の限界を超えた時に強さのレイヤーが一気に上がる。
それは20倍界王拳を使ってもフリーザに手も足も出ない悟空が超サイヤ人になると一気にその劣勢をひっくり返すほどの強さを手にする描写からも一目瞭然だろう。

それに対して「Gガンダム」の明鏡止水はその「やましさのない心の状態」で覚醒するものだが、これだけだと「穏やかな心」で十分に覚醒できるのでは?というツッコミもできる。
そこでもうひと押し23話ではドモンが覚醒する時に水の一滴だけではなくレインも見えたのだが、おそらくこれは「心の全てを浄化した時に見える本当に大事なもの」に気づくことが重要だろう。
大自然にある気を己の内側に収縮させることによって己の体にまとうわけであり、他のシャッフルの4人や東方不敗も同じように心が最大まで高まり大自然の気を取り込んだ時になれるものだ。
超サイヤ人も明鏡止水も「心」が覚醒のトリガーになっているが、前者は己の体内に眠る潜在エネルギー、後者が外側の大自然から借りた力を己のうちに取り込むという仕組みの違いがある。

次に2つ目だが、エフェクトを見ればわかるように超サイヤ人は体内エネルギーを「外に放出」しているのに対して、明鏡止水は大自然のエネルギーを「内に凝縮」していると考えられる。
だから超サイヤ人は単に髪の色が金髪に変わるだけではなくその気が鎧のようにオーラとして可視化されるし、超2・3になると気がスパークして性能自体が格段に上がる
しかし性格が好戦的になる=アドレナリンを大量に放出することになるため長時間は戦えず、また修行を怠ると弱体化する欠点が存在するので実際魔人ブウ編の悟飯は超2を使いこなせていなかった。
だからこそ老界王神は超サイヤ人を「邪道」と切り捨て、悟飯には肉体への負担をかけずとも己の力を限界以上まで引き出せるアルティメットを与えたのである。

気が外に漏れる超サイヤ人〜2
超サイヤ人の真のフルパワーである3
超サイヤ人なしで3を超えるアルティメット悟飯

一方で明鏡止水は同じように髪の色のみならず全身が金色になるわけだが、超サイヤ人とは違い気がオーラとなって外に放出されたりスパークしたりすることはない
これは超サイヤ人とは逆で大自然の気を内側に取り込んで心の中で昇華して高めているために、無駄なエネルギーの放出を抑えて力を効率よく使えるようにするためだろう。
だからシャイニングガンダムやゴッドガンダムが金色になって気を解放したとてそのエネルギーが外に放出される演出は45話の石破天驚拳の撃ち合い以外にはなかった。
そしてまた超サイヤ人とは違い、たとえそれを使用してもファイターであるドモンたちに肉体疲労といった副作用はなく、そこも超サイヤ人との大きな差別化につながっている。

髪の毛は逆立っても気が外に漏れない明鏡止水
明鏡止水が珍しく外に放出された石破天驚拳対決

ここまで考察した上で、じゃあ最初に私が書いた「主人公ドモン・カッシュって意外と肉体的にはそんなに強くなかったんじゃないの?」という話に戻る。
ドモンが明鏡止水=真のスーパーモードを会得した理由は他のファイターと比べて技術面はともかく肉体的にも精神的にも強さとしてはよくて中位だったから、その弱点を補わせるためと考えられないか?
よく言われることとして、ガンダムファイトは純粋なファイターの腕っ節の強さだけではなく、モビルファイターの性能や地形の有利不利といった駆け引きの要素も大きく加味される
だから体格や力の上で不利な部分があっても機体スペックが優秀かつ超サイヤ人に匹敵する超パワーを身につければドモンのようなホーロー虫でさえ強者のステージに立てるということだ。

これが同時に下級戦士の身でありながら最終的にベジータやフリーザを超える力を手にした孫悟空との違いであり、孫悟空は特にサイヤ人編からは肉体が大きめに描かれている。
それに加えて界王拳や超サイヤ人、重力トレーニングなどの様々な修行方法を取り入れることによって本来であれば戦闘力2しかない状態から最強にまで上り詰めた。
対してドモンは決して孫悟空のような恵まれた肉体を持っておらず一貫して細身であり、生身で挑むと格上相手に敵わないから東方不敗に10年弟子入りしてまずは体を鍛える。
しかし、体や技を鍛えても持って生まれた肉体の強度はどうにもならないから、大自然の気を己の内側に取り込んだりモビルファイターの性能、優秀なセコンドの力を借りるという外力で最強に上り詰めた。

そう考えるとドモンっていわゆる「格闘漫画・アニメ」のジャンルの主人公として見ると異色の存在というか、まあある意味でそこはガンダムシリーズの伝統に則っているということか。
アムロ=レイをはじめ富野ガンダムの主人公は大体が「霊感=ニュータイプの資質を持った等身大の少年」だから、劇中では「1パイロット」としては優秀でも他にいくらでも上はいる。
ドモンもその点「明鏡止水=真のスーパーモードの資質を持った等身大の青年」という形になっているわけで、一見超越的な存在かと思わせておいて、相対的には割と普通のようでもある。
まあ「Gガンダム」の場合、最終的に戦うべき敵が無限に強くなり膨れ上がるDG細胞を宿したデビルガンダムなので、それを迎え撃つための超パワーであるとも考えられるのだが。

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