心理学ガール #25
そこに架かる橋
僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。
ハル「先輩。催眠受好家の人から、催眠が成功するにはラボールが必要だといわれたんです。それで、わたしがその人にラポールって何ですかって尋ねたら、信頼関係みたいなものっていわれたんですけど、よくわからなくて。ラポールについて教えてくれませんか?」
僕「催眠におけるラポールの話ね。ラポールは心理療法でも必要だといわれているものだけど、確かに曖昧だよね。今回は、今まで話してきた催眠の話から、ハルちゃんが少し考えてみよう。僕はそれを手助けするから」
ハル「えっ……わたしにできるか、わからないですけど……やってみます。今まで、新しい言葉が出てきたら、その定義を考えたりしていましたよね。ラポールって、当然、構成概念ですよね?」
僕「そうそう。ラポールも概念だよね。心理学では概念をどう扱うかってことだよね」
ハル「そうですね。構成概念は、操作的に定義して、測定可能なものとすることで、学間として検討することができるんですよね。ラポールって測定できるんでしょうか?」
僕「ちょっと飛躍しちゃっているかな。まずは催眠におけるラポールが具体的にどんなものなのか、その説明を考えてみよう」
ハル「はい。催眠のラポールってのは、信頼関係があるとか、影響力を持っているというような意味なんだと思います。そして、ラポールは催眠現象が起きるための原因の一つということなんだと思います」
僕「信頼関係があるってのは、どういうことなんだろうね。例えば、二人の関係を第三者が見て、そこに信頼関係があると判断できるのか。それとも、当事者二人が信頼関係があると感じることが大事なのかな」
ハル「後者だと思います。催眠の掛かり手が、掛け手に対して、この人は信頼できると感じることが大事なような気がします」
僕「なるほど。信頼とは、相手に対して感じることと定義するってことね。そうすると、社会心理学の対人認知という文脈で扱えそうだね。対人認知というのは、ざっくりいうと、人に対する印象とか感じ方みたいなものをいうんだ」
ハル「ラポールは対人認知かもしれません!」
僕「催眠ラポールが対人認知だと仮定すると、どんな内容が当てはまりそう?」
ハル「この人は催眠に関する知識を持っている。この人は催眠が上手い。この人は嫌がることをしてこない。みたいな感じですか?」
僕「おっ、なかなかいいじゃないかな。一つヒント。単なる信頼関係なら、家族とかパートナーとかにも持っていそうだよね。だけど、催眠は、家族やパートナーに対しては失敗する傾向があるみたい。そう考えると、一般的な信頼ではなさそうだよね。だから、催眠に特化した信頼に関する質問を作って、統計的に処理するとラポールが測れる可能性はありそうだね。他には、関係性をどう認識しているかという対人関係認知というものもあるんだ。そっちも近いかもしれないよね」
ハル「それです! ラボールは対人関係認知です!」
僕「ざっくりいえば、対人認知はその人に対する印象とかで、対人関係認知はその人との関係性に関する認知ということなんだけど、対人認知としては、あやしい信頼できないと感じていても、その人との関係認知では、相手の言うことを聞かざるを得ない関係と感じていたら、催眠が成功するかもしれないよね。個人に対する印象と関係性に対する印象を分けることで、ラポールがより分かりやすく説明できるかもしれない」
ハル「ほんとそうですね。現状、催眠のラポールを測定できるものはあるんですか?」
僕「僕が知っている限りないね。そうすると、現状、ラポールはないものと考えて催眠では考慮しないほうがいいかもしれない。また、催眠状態のときと同じ議論になるけど、催眠の原因として催眠状態を仮定しているのに、催眠状態かどうかを催眠現象が成功したかどうかで判断するのはトートロジーとなっていて、意味のない理論というか、意味のない考えだという話をしたよね。ラポールも全く同じで、催眠の要因としてラポールがあるはずなのに、結局、催眠が成功したかどうかでしか、ラポールが確認できないのなら、それは同じくトートロジーになっている。だったら、ラポールという概念は使わない方がいいってことになる。これが、例えば“注意”とか“集中”とか“予測”とかどんな概念になったとしても、同じなんだよね」
ハル「催眠の成功とは別に、催眠状態、ラポール、注意、集中などが確認できなければ、それらはトートロジーとなってしまうんですね」
僕「言い方は悪いけど、言楽遊びみたいになってしまう。心理学として目指すべきは、催眠という現象を説明できて、かつ、説明によって確眠現象を予測と制御ができることなんだと思う。残念ながら、催眠愛好家の人が考える催眠理論は、予測と制御ができるものではないと思う」
ハル「ラポールの話から、深い話になりましたね。予測と制御。催眠でそれができるんでしょうか?」
僕「できなくはないと思う。それは、いつか話をしよう」
ハル「わかりました。今日もありがとうございました」
ハルちゃんは出口に駆けていった。