心理学ガール #17

時間を切り取る

 僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。

ハル「先輩、最近、催眠を脳科学で説明する催眠愛好家に会ったんです。その人がいうには、催眠状態は脳波でわかるとか、催眠状態とは副交感神経が優位な状態なんだそうです。先輩はどう思いますか?」

僕「まず脳科学という言楽は、あまり正確ではないというか、マスコミがインパクトを持たせるために使っているという印象かな。どちらかといえば、神経科学といいたい。その上で、心理学も神経科学も人の行動のメカニズムを解明するための学問だと理解している。心理学は人の行動の原因を“心”という構成概念に求め、神経科学は“神経”という物理的なものに求めるのだと思います。とはいえ、心理学が扱う概念はある程度神経的基盤を想定しているものだし、神経科学は神経基盤を原因としつつもそれを擬念化して扱っているから、方法論としては同じことをやっているところもある。僕は神経科学に詳しくないけど、現時点で神経基盤を直接に分析する方法は限られているから、結局、神経基盤を基にした概念を利用して研究が進められている。そうであれば、やっていることは心理学と同じになるね」

ハル「なるほど。すごく、すっきりしました」

僕「とはいえ、僕は神経科学については勉強不足だから間違っているかもしれない。将来的には心理学で研究していた概念が神経基盤として発見されるとかがあるかもしれないから、心理学を勉強する人は神経科学の知識も必要となってくるかもしれないね」

ハル「催眠の神経科学的説明はどう思いますか?」

僕「脳波というのは、脳の活動時に発生している電気号だと理解しているけど、脳波の種類から催眠状態のような複雑な心理的活動というか神経活動がわかる訳ないと思うよ。仮に催眠状態のときの脳波を測定して一定の結果が得られとしても、それは催眠状態を表しているというよりも、催眠誘導の結果の心身の状態を表しているのだと思う。伝統的な催眠では、催眠誘導の際にリラックスさせたり脱力させたり目をつぶらせたりするけど、その効果としてリラックスした脳波が測定されると思う。それが催眠状態を表しているとするのは、神経科学に詳しくない僕でも間違いだとわかるよ」

ハル「催眠状態というよりも催眠誘導の結果のリラックス状態が脳波で測られるということですか」

僕「うん。副交感神経が優位っていうのもまったく一緒だと思う。リラックスを促す暗示や誘導をされれば、副交感神経が優位になるだろうけど、それは催眠の原因ではなくて暗示の結果に過ぎない。だから、催眠とは全く関係ない方法で副交感神経が優位になったとしても、催眠の現象は起きないよ。催眠と副交感神経は直接に関係ないと思う。それに、最近はポリヴェーガル理論といって、単なる交感神経と副交感神経だけではないという説もある。であれば、副交感神経優位イコール催眠状態というのも単純にいえなくなってくるよね」

ハル「交感神経と副交感神経だけではないという説が出てきているんですね。わたしも勉強不足です」

僕「神経科学では、直接に測定できるものがあるからその結果に飛びつきたくなるところだけど、それが行動の原因を測定しているのか結果を測定しているのか慎重に考えないといけないよね。ただ、結果の原因化みたいなことはよくある間違いではある。例えば、勉強に一生懸命取り組んでいることを“やる気がある”と定義したのに、いつの間に、やる気を出せば勉強ができるようになると考えてしまう。これ、本当に良くある間違いだからね」

ハル「結果の原因化、わたしもしてるかも!」

僕「心理学を勉強することは、知識が増えるということもあるけど、その研究手法から日常的な出来事も論理的に考えられるようになるというメリットもあるかなと思います。だから、心理学研究法の講義、しっかり受けてね」

ハル「はい!今日は心理学と神経科学との違いと共通点がわかってたのしかったです。ありがとうございました」

僕「こちらこそ。神経科学は僕もこれから勉強していくから、おもしろい話題があったらまた話に付き合ってね」

ハル「もちろんです!」

 ハルちゃんは出口に駆けていった。