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恋猫とから始まる物語、シロクマ文芸部、「恋猫と迷いの夜」、410字
恋猫と並ぶはずの影はなく、並ぶはずの足音もなかった。
恋猫は時々、横を見る。
そこには、誰もいないと知っていながら、それでも横を見る。
いないものが、いるような気がしてしまうから。
月の光が石畳を滑るように流れ、細い路地の奥に影を落とす。
恋猫は探していた。
あのとき、あの場所で失ったものを。
街の灯りは遠く、夜の闇は静かに恋猫を包む。
風が運ぶのは、どこかで鳴く猫の声。
けれど、恋猫の求めるものではなかった。
恋猫は立ち止まる。
爪先が触れたのは、冷たい水たまり。
覗き込むと、そこに映っていたのは自分自身。
けれど、どこか遠い昔に見たような瞳。
じっとこちらを見つめ返していた。
昔の自分の隣に、もう会えない誰かの姿を思い出す。
恋猫は待っている。
もう一度だけ会える日を。
恋猫は知っている。
待つことに意味はないかもしれないということを。
それでも、夜の闇の中を恋猫は歩く。
胸にぽっかり空いた何かを埋めるように、静かに、静かに、時折、横を見ながら。