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限界の閾値をあげる

ゲームは1日36時間、読書は1徹夜まで。仕事を週に100時間、勉強を週に112時間は続かない。ランニングは一日50km、ソロの雪山泊は数日なら。

あの時に比べたらきつくないからまだ行ける。やってみようと思える。フルマラソンしかり、修羅場を潜り抜けた人がよく口にするセリフだ。

原点となるきつい記憶は、高校のイベントで52km走らされたことだった。

強歩大会という名目で、明らかに走らなければ間に合わない52kmに対して7時間という制限時間。なぜかフルマラソンよりも長いこれを毎年全校生徒でやるのだからなかなかに攻めた学校で、いちおう進学校ながら「体育高校」と揶揄されるのも納得される。掲げられた尚文昌武の書額を見上げながら、文武両道の意なのに武によりすぎじゃないかと笑いながら過ごした同窓で、この52kmを努力の基準にしている人間はそれなりにいるはず。そうだよね?

僕もその一人で、フルマラソンの距離を超えた残り10km利根川の土手上、吹き付ける向かい風に心が折れそうになりながら、ふらふらと足を前に進めた記憶がどこか心の土台になっている。

はじめる前は途方もなく感じる距離をゆっくりと縮めて行く。歩みを止めなければいつかはたどり着くし、小さな一歩でも踏み出し続けなければたどり着くことはないと体に叩き込まれる。

そのせいか、たまに自分の限界との距離を探ってみるのはちょっとした趣味と化している。

限界を、継続できるかどうかの境目としよう。

パッケージを破いてプレステに差し込んでからエンディングまでぶっ通しでやったあのゲームはテイルズ系列のRPGだったはずだが、ストーリーを一切覚えていない。楽しすぎて徹夜で読み進めていった本も、翌日昼を超えると紙面を目を滑らせるだけになって内容が入ってこない。

2年コースの資格講座に1年目で受かると決めてから、一日16時間勉強してみるかと1週間続けてみれば朝ベッドから起きられなくなっていた。終電で帰って朝6時にオフィスに出社したあとクライアント先に出向き、土日はまたオフィスという生活をすればHR担当のお偉いさんから電話がかかってきた。

何日も冬の北アルプスを一人さ迷っていたらひどい雪目になり、下山後しばらくサングラスをかけながら仕事をする羽目になった。

限界が見えると、自分個人のSDGsペースがわかってくる。

ゲームは一日3時間、読書は眠気に耐えられなくなるまで。仕事の繁忙期でも睡眠時間は7時間確保して、勉強は1日12時間なら半年以上はもつ。


そういえば、体力的な限界は最近更新されていないなと気がついた。トライアスロンをはじめた頃は1.5kmを泳げるようになって達成感を覚えていたが、一度完走してしまえばどうにもタイムを更新することに気が向かない飽き性にとって、少し退屈になってしまった。

だから、アイアンマンを完走するという宣言をして、退路を断つことがこのnoteの目的だ。

既に友人はもとより美容師さんにまで吹聴しているが、逃げ場はできるだけたくさん塞いだ方が良い。

試しに練習を日常に取り入れて1ヶ月が経ちこなれてきたが、これからさらにギアが上がるタイミングでどうかアクセルを踏み続けられますように。


アイアンマンはトライアスロンの距離の一種で、以下を制限時間17時間以内に連続でこなす。

スイム:3.8km
ロードバイク:180km
ラン:フルマラソン42.195km

今やっているオリンピック•ディスタンス通称ODがスイム1.5km、ロードバイク40km、ラン10kmなのでおよそ4倍。

アイアンマンの距離は、アメリカのご機嫌な軍人たちが飲みながら決めたらしい。どれも過酷な遠泳大会とロードレース、マラソン大会のどれが一番きついかを張り合っていたところ、全部いっぺんにやればわかるじゃないかとふざけた結論にいたり、実際に開催した。こういう馬鹿なノリ、嫌いじゃない。

大学を卒業してからしばらく走っていたフルマラソンでは、毎回30kmを超えるとなんでこんなことをしているんだとエントリーした過去の自分を呪っていた。そのフルマラソンが、もしかするともっと過酷なスイムとバイクの後に追加で乗せられるというだけで気が遠くなる。


それ以上に困難なのが、練習時間の確保。いままではODを完走すればいいやというスタンスで、見る人がTOP画像を見ればわかるようにように専門のウェアも持っていなかったし、直前1か月、他のスポーツの合間を縫ってさらっと練習するくらいだった。

アイアンマンとなるとスイム、バイク、ランの3種目とも距離が遠いので、半年くらい週に5時間は練習しなければならなさそう。準備や遠征なども含めると平均10時間程度使うだろう。

1週間は168時間で、睡眠時間49時間を除くと残りは119時間。仕事関連で50時間は使うとすると69時間。クライミングに15時間使って54時間。本を読むのに5時間は欲しいから49時間。好きな人と5時間はいたいから44時間。そしてアイアンマンの時間を除くと34時間が手元に残る。

そこから友達とだべったり家事をしたり仕事の修羅場があったりnoteを書いたりご飯を食べたりぼーっとしたりすると、あっという間に日々は過ぎる。全部諦めたくない。新しい人とも事とも知識とももっと出会いたい。

限界は響きあう。

思い返せば、フルマラソンの準備は日付をまたいで帰宅したあと深夜に10km走っていたし、繁忙期の金曜日に明日冬の富士山登るけどこない?と誘われて行くと即答していた。自分にとって、時間という資源は汲めば汲むほど湧く水の増えてくる浅井戸のようだ。

今まで推し量ってきた限界の閾値が少しずつ上がっていく。あまり無理はしたくないが、取り返しのつく範囲での無理をして自分と向き合っていく。

226kmを泳いで漕いで走った後に、自分の限界観がどうなっているか今から楽しみだ。

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