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自宅の庭に孤立発生したオオミノガ

オオミノガEumeta variegata (Snellen, 1879)という虫がいる。日本産のミノガ科(いわゆるミノムシ類)で最大の種である。幼虫は広食性で、あらゆる植物の葉を摂食する。終齢幼虫が被るミノは、トップ画像に示したような長さ数センチもある立派なもので、いわゆるミノムシのイメージに最も近い種だろう。オオミノガはほとんど人里にしか生息しないため、一昔前、冬に葉を落とした庭木に越冬中の幼虫のミノがぶら下がっている風景は、里山の風物詩だったようである。しかし、2000年前後あたりから、オオミノガヤドリバエという外来の寄生虫の影響で個体数は激減したようで、近年では幼虫が入っているミノを見つけるのが非常に難しくなってしまった。

私はミノムシ類に関心があり、外を歩くときは常にミノムシを探している。自然度の高くない街中でも、コツを掴むと、ガードレールやブロック塀等に付いているのがよく見つかるものである。ミノガ類は、ミノの形態に種ごとの個性が出るため、ミノを見ればほぼ種同定は可能である。身近な環境で見つかる大型種はクロツヤミノガネグロミノガが多く、たまにニトベミノガが見つかる程度で、オオミノガは本当に見つからない(そういえば、チャミノガも神奈川では見てないかも)。

クロツヤミノガのミノは細長い円錐型である。

クロツヤミノガ
2022年5月 厚木市こどもの森公園

クロツヤミノガは地衣類でも生育できるようで、下写真のような、地衣類が生着したガードレール上で暮らしている個体も見られる。

クロツヤミノガ
2022年10月 厚木市

ネグロミノガは、イネ科の植物の茎を短く切ったものを、向きを揃えて綴り合せてミノを作る。その造形はなかなか見事である。

ネグロミノガ
2019年10月 厚木市

ニトベミノガは、大きくちぎった葉をペタペタとくつけたようなミノを作る。オオミノガと少々紛らわしい。

ニトベミノガ
2020年5月 小田原市

2022年8月、里山の農家の小屋の壁で、オオミノガのミノをようやく見つけることができた。しかし、これは成虫が羽化した後の古ミノである。

オオミノガの古ミノ
2022年8月 愛川町

ところがそのすぐ後、自宅の狭小な庭に置いてあるブラックベリーの鉢植えに、オオミノガの幼虫が唐突に出現したのである(下写真)。ミノムシの研究をしている人間は国内で数人しかいないと思うが、一応その一人である自分の元に希少なオオミノガの幼虫がやって来るのは、偶然にも程がある。何やら運命めいたものを感じざるを得ない。

自宅の庭に現れたオオミノガ
2022年8月 厚木市

ここで、オオミノガの生態をおさらいする。オオミノガの成虫は初夏から夏に羽化するが、成虫は雌雄異型である。オスは普通の蛾同様に翅があり、自由に飛び回れるが、メスの成虫はのっぺりした芋虫型で、翅はおろか、脚も触角もなく、「羽化」してもミノから出ることもできない。メスは、ミノの中に留まったまま、フェロモンを出してオスを誘引する。メスが入っているミノに飛来したオスは、尾部先端をミノの下端開口部から内部に挿入し、メスと交尾する。交尾後、メスはミノ内部に3000個もの卵を産み、息絶える。孵化したたくさんの新幼虫は、ミノ下端開口部から脱出し、口から糸を出して、風に吹かれて一斉に分散する(バルーニング)。風に飛ばされて着地したら、植物の葉を材料にしてミノを作り、以降、ミノを常に被りながら、葉を食べて成長する(ミノも順次大きくしていく)。

うちの庭に唐突に現れた幼虫は、このようにして、どこかから飛ばされて来た個体というわけである。本当はごく小さい初齢幼虫ときから庭にいたのだろうが、大きくなって鉢植えにいるときにたまたま気付けたわけだ。それにしても、自宅周辺でオオミノガを見たことがなく、一体どこから飛ばされて来たのか、本当に不思議である。

さて、庭に現れたオオミノガの幼虫だが、ブラックベリーの葉を盛んに接触していた。ブラックベリーの茎には細かい棘があるが、それを気にしている様子はない。葉を食べるときは、頭部と胸脚を出して食べるわけだが、ミノムシである以上、ぶら下がった姿勢のまま食べないといけない。このとき、落下しないように気を付けながら葉を食べるのはなかなか難しそうである。この問題をオオミノガはどのように解決しているか?観察すると、何と、摂食時は、ミノ上部の開口部の一端を枝に糸で固定していることに気付いた(下写真)。

葉を摂食中の幼虫 2022年8月
ミノ上部を枝に固定している(矢印)。

この対策で胸脚をフリーハンドにした上で、胸脚を使って葉をたぐり寄せるようにして食べていた。賢い方法だが、移動の度に固定したり外したりは面倒そうである。

9月下旬に幼虫は一時行方不明になったが、その後、近くに置いてあった子供の自転車のサドルにミノを固着しているのが見つかった(下写真)。

自転車のサドルにミノを固着
2022年9月下旬

このままでは困るので、ミノを外して元の鉢植えに戻すと、しばらく徘徊した後、枝にミノを固着した(下写真)。

徘徊中
2022年9月下旬
ブラックベリーの枝に固着
2022年10月上旬

これ以降幼虫はまったく動かなくなった。どうやら、越冬に向けてミノの固着場所を探していたようである。しかし、まだ10月上旬だし、早くないか?

冬を経て、2023年5月になってもミノにはまったく変化が見られなかったため、既に死亡しているだろうと思っていたが、6月になって、ミノの下端から糸が出ているのを発見した(下写真)。

ミノに残る新幼虫のバルーニングの跡
矢印で示した糸は当初つながっていた。

さらに,すぐ近くにあった鉢植えのミモザアカシアに,長さ3 mm程度の小型のミノムシが大量に付いていた。

ミモザアカシアに付いている新幼虫のミノ
2023年6月 ミノの材料に新鮮な葉が使われている。

どうやらあの幼虫はメスで、知らぬ間にミノの内部で羽化し、フェロモンでオスを誘引して交尾し、ミノの内部に産卵していたようである。さらに、知らぬ間に新幼虫が孵化し、親ミノの下端から糸を出してバルーニングを行い、風邪に吹かれた幼虫の大半が、すぐ隣に置いてある鉢植えのミモザアカシアに着地したのだろう。

その後、新幼虫たちは順調に成長し、ミノも大きくなっていった。7月には、下写真のような、パイナップルのようなミノを作っている幼虫も見られた。ミノに付ける葉の向きを几帳面に揃えているのがおもしろい。

パイナップル的様相のミノ
2023年7月

今回の観察で改めて気付かされたのは、オオミノガの意外と高い繁殖能力である。寄生虫のオオミノガヤドリバエの影響で個体数が激減して以降、本種の幼虫が高密度で見られる場所ではヤドリバエによる寄生率が高く、1個体のみ孤立して存在する幼虫では寄生が見られないという現象が見られるようである(杉本, 2006)。三枝(2006)によると、ミノから出た新幼虫がバルーニングによりたまたま遠くに飛ばされると、ヤドリバエに発見されにくくなり、また、孤立した個体であっても、メスのフェロモンによる誘引力と、オスの強い飛翔力により、雌雄が遭遇することはあり得る、らしい。今回自宅に出現した幼虫とその繁殖は、そのような、天敵からの攻撃をかいくぐるオオミノガの巧みな生態の一例であろう。

今回の観察については以下で報告済み。
齋藤孝明, 2023. 厚木市の自宅の庭に孤立発生したオオミノガ. 神奈川虫報, (210): 70--71.

オオミノガの生態と、ヤドリバエの影響については、「昆虫と自然」誌41巻2号に特集あり。
三枝豊平, 2006. 天敵オオミノガヤドリバエで激減したオオミノガ. 昆虫と自然, 41, (2): 2–3.
杉本美華, 2006. 九州地方におけるオオミノガの生息状況. 昆虫と自然, 41, (2): 20–24

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