大人がハマる昆虫研究
虫との邂逅
小学生の頃はカブトムシやクワガタを採ってきて飼育を楽しむ程度の昆虫少年だったが、中学生以降、興味の対象は他のものに変遷。大人になってからは、灯火に大型の甲虫が集まっているのを目にしても何の感慨も湧かないほど虫への関心は完全に忘れていたが、息子がきっかけで、再び「虫屋」になった。それも、昔よりも遥かに深いレベルで。
2016年の夏、上の子が6歳のとき、義父(元昆虫生化学者)が昔作った見事な蝶の標本を見せてもらう機会があった。子供は初めて見た美しい標本にいたく感動したらしく、「僕も標本作りたい!」と。自分も昔虫に熱中したことはあったが、標本は作ったことがない。義父に聞くと、何と、単に整形して乾燥させればよいとのこと(昔あった昆虫採集キットの注射器と変な薬品は何だったのか?)。
そんなわけで、子供の興味に付き合って虫採りを再開することになった。子供の興味は虫の飼育ではなく、採って標本にすることなので、とりあえず標本作りが簡単そうな甲虫類をターゲットに探し歩いたが、夏の日中に漫然と野外を歩いたところで、子供が喜ぶような大型の甲虫は簡単には見つからないのである(今となっては理由は分かるが)。一方、会社帰りの夜、自宅マンションの外通路に、蛍光灯の光に飛来した多数の甲虫が落ちているのに気付いた。しかも、ゴマダラカミキリやコフキコガネなど、大型の種がけっこう飛んできているではないか。昼間探すと簡単には見つからないのに、虫の習性を知れば簡単に採れる。低レベルな再発見なのだが、この、効率よく採集するためにはそれなりの知識や工夫を要する感がおもしろく、いつの間にか、息子よりも自分の方が虫の魅力に取りつかれてしまった。
大人になって知った虫のおもしろさ
大人になって虫採りを再開して初めて知ったことだが、虫の世界では、大学や博物館等に身を置かない在野(アマチュア)の研究者が非常に多く、新種記載などプロ並みの研究を行っている人が非常に多いことである。自然科学で、これほど在野の研究者が多い分野は珍しいのではないだろうか?昆虫は、何と言っても種数が膨大であり(世界で100万種、日本でも3万種超)、プロの研究者人口が少ないため、目の付け所次第で新発見の開拓余地が無限にあるという魅力がある。在野の研究者で人気のある対象は、蝶やカミキリムシ等の美麗で大型の虫が多いようだが、微小で不人気な分類群(例えば、ハエ目や微小な蛾類、カメムシ類など)に目を向ければ、身近な街中の公園でも新種が見つかるほどである。また、個別の種の生態に着目すると、そもそも生活史が解明されている種はほんの一握りにすぎない。個別の種の生活史の解明というのは自然史研究の土台となるもので、多くの研究者が重要性を認識しているが、プロの研究者はあまりやりたがらないテーマである。下手すると幼虫探しだけで何年も浪費するかもしれないし、解明したところで、単なる博物学的な知識の追加になるだけで、研究テーマが広がらない可能性もある。こういう分野こそ、アマチュア研究者の地道な活躍が期待されるところである。
虫でできる科学の営み
科学とは何か?反証可能な命題とかの科学哲学的なことは抜きにして、一言で言えば、
(?)おもしろい問題を自分で見つける
(!)それを自分で解いてみる
ということに尽きるだろう。いずれも「自分で」やるのがポイントである。虫を題材にすると、まだ世界中で誰も調べてないような問題は、いくらでも見つけることができる。また、その謎を解明するために、大学の研究室にあるような高価な機器は必ずしも必要ではなく、地道な観察やアナログな手法を駆使した実験によって解明可能な問題がたくさんある。物理学や化学でそのような芸当はまず無理だろうが、昆虫学ならば、小さくとも世界初の発見が可能なのである。これほど魅力的な世界があるだろうか。
アマチュアが魅力を感じやすく分かりやすいテーマは、稀種の発見であろう。特定の種に狙いを定め、その生息地・生息環境について自分なりに考えて予想し、それに合致する場所に赴いて調査を行う。このような仮説・検証の繰り返しは、言わば、大自然を舞台とした宝探しゲームのようなもので、虫屋の技量が試されるものである。新種でなくとも、国内で記録が数例しかないような種の発見は、その種の生態面での知見獲得につながるため、大きな意味がある。
また、特定の地域や場所のファウナ解明も、アマチュアが手掛けやすいテーマである。特定の市町村や公園などに場所を絞って、そこに生息する昆虫の種数を地道に調べ上げるもので、国内各地の地方の昆虫同好会の会誌等で頻繁に報告されている(個人で昆虫すべてを網羅するのは困難なため、甲虫や蛾など、特定の分類群に絞った調査になることが多い)。昨今、生物多様性の保全が叫ばれているが、このような調査結果は、地域ごとの生物多様性の程度を把握するための基礎資料となり、レッドリスト(絶滅危惧種のリスト)作成にも貢献するものである。
謎解き型研究のススメ
筆者が最も魅力を感じるのは、疑問に思ったことを自分なりに追求してみるという謎解き型の研究である。日々の虫の観察を通じてふと疑問に思ったことを忘れずにメモっておき、頭が空いているときに謎の解答の仮説を立て、それを検証するための具体的な方法(いつどこを調査するか?どのような実験をすればよいか?)も計画し、時間が空いているときに実行するというものである。
現在行っている研究の例として、アキノヒメミノガ Bacotia sakabei の生態の解明を簡単に紹介する。アキノヒメミノガは、ミノガ科(幼虫がいわゆるミノムシの蛾)に属する小型の蛾で、川沿いの汚れたガードレールに長さ7 mm程度の灰色っぽいミノが多数付いているのがよく見つかる(下写真)。
本種は晩秋に成虫が羽化するが、メスは無翅のため、ミノから出ても移動することができず、オスをフェロモンで呼んで交尾した後は(下写真)、自分のミノの中に産卵して、間もなく一生を終える。
本種が興味を引くのは、自然環境では幼虫はほとんど見つからず、ガードレール等の人工物ばかりでやたらと見つかることである。初夏に生まれた新幼虫は、ガードレールの表面に生着した陸生藻類を摂食して成長するため、ガードレール上で生活史が完結しているように見えるのだが、そもそも最初の個体はどこからどのようにしてガードレールに到達したのだろうか?本種の幼虫は、孵化後に、ミノガ科大型種(オオミノガ、チャミノガ等)と同様に、糸を吐いて風に吹かれて分散するのだろうか?これら2つの疑問のうち後者について最近解明することができた(齋藤, 2022b)。自宅近所にある生息地を見て回る地道な観察と簡単な飼育下の実験により、本種の新幼虫は、親ミノから出た後、まず親ミノの巣材を齧って自分のミノを綴り、その後は基本的に歩いて周辺に分散するのである。大型種と異なるこの生態は、その食性の違いを考慮すると合理的に見えるので、それはそれでよいのだが、1つの目の疑問については未だ手掛かりすらつかめず、今後しばらく地道な調査を続けるつもりである。
このように、ごく身近な環境に生息する虫を対象にしても、目の付け所次第でおもしろい謎を見つけることができる。虫の世界に関心を持った方は、ぜひ、身近にいる地味で目立たない虫にも目を向けていただき、自分なりの謎を見つけていただければ幸いである。
引用文献
齋藤孝明, 2022a. 厚木市の水田に生息する水生昆虫(2021年の調査報告). 神奈川虫報 (206): 23-29.
齋藤孝明, 2022b. アキノヒメミノガの幼虫期(I)―新幼虫の分散について―. 誘蛾燈 (249): 137-141.
鈴木知之, 2011. カナブンの幼虫はクズ群落にいた!, 月刊むし (488): 34-37.
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