人生の選択肢
人生の中には、複数の選択肢から1つだけを選ばないといけない局面が存在します。例えば、人生のターニングポイントとなる「進学・就職・結婚」の場面では、進学先・就職先・結婚相手などは基本的に1つずつしか選べず、なおかつどれも人生に与える影響が大きいので重い選択を迫られることかと思います。
私の場合、入試に合格した数も、新卒採用の面接で内定を頂けた数も、プロポーズした相手の数もすべて"1"ですので、残念ながら進学も就職も結婚の時も、相手を選べるような身分ではありませんでした。
しかし、そんな私も転職活動では、ありがたいことに2つの内定先から1つを選ぶという体験をしました。そして、この2社のうちどちらに入社するかで、私の人生は全く違ったものになっていたと思います。私は普段、こういった仮定の話をすることは滅多にないのですが、つい最近、「もし今の勤め先と違う方の会社に行くことになっていたら、私はどんな生活を送っていたのだろうか…」と考える機会がありました。
先日、買い物をするために、とある街にある百貨店を訪れました。そこは、今住んでいる場所から電車で1時間くらいの場所で、大きなターミナル駅と直結した大きな百貨店です。その百貨店から歩いて行ける距離に、前述した、今の勤め先と違う方の会社(以下A社とします)があります。
私が百貨店を訪れたとき、A社の最終面接を受けた日のことをはっきりと思い出しました。
転職活動も終盤に差し掛かり、会社を休む言い訳を使い果たした末に、生まれて初めて仮病を使って会社を休んで、面接に遅刻しないよう早めに駅に到着した瞬間のこと。
時間潰しのために百貨店の中に入り、休憩用の椅子に座って最終面接の準備をしていたこと。
途中で学術書を買いに書店に行ったら、レジの店員さんに「こいつ仕事サボってんのか」みたいな目で見られたこと(面接なのでスーツをがっちりと着てました)。
百貨店にいる間に、上司から2回くらい電話がかかってきて、館内放送がかかったら言い訳できないと思って慌てて屋外に出たこと――。
そんなあの日からもう4年近く経っていますが、百貨店に入った私は、最終面接を目前に控えたあの日の自分がもう見えるようなレベルで、これらをはっきりと思い出したのです。
当時のことが懐かしくなった私は、百貨店を出てA社の前まで行ってみることにしました。
A社までの道のりを歩きながら、私は、「もしA社に入社していたら、自分はどんな生活をしていただろうか」と考えていました。
もしA社に入社していたら、いま歩いている道が通勤ルートだったかもしれない。ここにあるアパートに住んで生活していたかもしれない。あそこのスーパーで普段の買い物を済ませていたのかもしれない。あの駐車場から車に乗って出かけていたのかも知れない――。
そんな風に、実現しなかった世界を仮定しながら街を歩いたのは、私にとっては初めてのことでした。思い返してみると、進学・就職の時は、選択肢は1つしかありませんでしたが、転職では「内定先」という、即・最終決定となる二者択一の選択肢が目の前に現れました。こうした、今後の生活を最終決定する重い二択を経験したことで、「A社に入社した自分」をリアルに想像することができたのだと思います。
そんなことを考えているうちに、A社の前に到着しました。訪れたのが休日だったので入口は閉まっていましたが、A社はあの頃とほぼ変わらない姿でそこにありました。
A社は、初めて転職活動での面接を受けた会社であり、一番最後に面接(最終面接)を受けた会社でもありました。つまり私の転職活動は、ある意味でA社で始まってA社で終わったと言えます。
A社で過ごした時間は、合計でも1時間くらいだったと記憶しています。それでも、その1時間の中には、転職活動の面接とはこういうものなんだという実感や、他の会社にはこんな人がいるんだという気付き、そして何より、自分の経験やスキルを、一定の立場がある相手に直接言葉で伝えて、その場で反応が頂けることへの嬉しさのようなものがありました。
そんな貴重な経験をしたことを、A社の前に立った瞬間に改めて思い出しました。あれから4年ほどが経ち、今再びA社の前に立ってみると、あの頃の自分を振り返って、今の自分と比べている私がいます。当時の私は、ようやく自分の意志で転職活動を始めたばかりのピヨピヨサラリーマンでしたが、4年も経ってみると仕事もそれなりにこなし、更には結婚もしていて、まるでいっぱしの大人みたいな姿になっています。A社のビルをみると、まるで家の柱に刻まれた4年前の身長の印を見た時のように、自分の変化や成長を実感しました。
A社は、私の履歴書には載りません。面接を受けただけで、働いたわけではないので職歴としてはノーカウントです。普段の生活の中では、A社を話題にすることもないでしょう。しかし、A社で経験したことは、今でも強く強く記憶に残っていますし、A社に入社していた未来は、本当に手を伸ばせば届くくらいに、私のすぐ傍にあったのだと思います。
転職活動は、当時の勤め先がブラック企業だったこともあり、自分で自分の人生を良くしたいと思って取り組んでいました。結局A社には入社しませんでしたが、人生が変わる時には、1つの道に導かれる時もあれば、複数の分かれ道から1つを選んで進んで行く時もあるのだと思います。