カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜 Vol.12【五味航さん・あやさん】みんなとつむぎあげた農園は、みんなが集まる場所
現在、農家プロデュース&デザイン集団の「HYAKUSHO」では、クラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」を通じて資金調達に成功した「農家さんの 365 日をそのまま伝える HYAKUSHO カレンダー」の制作プロジェクトを実施中です。
カレンダーは、ひと月にひとりずつ農家さんをご紹介。農家さんへの取材から見えたストーリーを通して、農家さんと消費者を繋げることを目指し、2022年に向けてお届けできるよう、走り出しています。
WEB連載「カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜」では、農家さんへの取材から見えた「つくり手の生き方」を、より詳しくお伝えしていきます。ぜひ読者の皆さんにも、農家さんと一緒にお茶を飲みながら、お話を聞いているような気分を味わっていただけると幸いです。
今回の農家さんは、長野県塩尻市で『信州塩尻 つむぐ農園』を営む五味航(ごみ わたる)さん・ あやさん。おふたりはECサイト『ポケットマルシェ』で2019、2020年と”年間生産者ランキング(野菜部門)”で1位を獲得しています。
そんな『つむぐ農園』は仲間や支援者でつくりあげた農園です。2020年秋、農業を続けられなくなった時、再起をかけてクラウドファンディングを決行。お客さんや農家の仲間たちから協力を得て見事に成功した経緯があります。
「お客さんも農家も、みんなが集う場を作りたい」と話すおふたりから、交流の楽しさや、目指す畑の姿を伺いました。
ECで売る。ファンと繋がる
塩尻市東部、山の中腹に広がる「信州塩尻 つむぐ農園」。寒冷地のため、昼夜の寒暖差が大きく、甘みが強く元気で美味しい野菜が育ちます。高台にあり、市街地や北アルプスが見渡せます。
畑にはビーツやスイスチャード、なないろトマト、ハーブなど、スーパーにあまり売られていないような、色味が綺麗で食卓が楽しくなるような野菜を多く育てています。
あやさん「紫トウモロコシは、もちもちとした食感でびっくりすると思います。蒸すと、トウモロコシとは思えない食感。まるで五穀米のような食感で人気です。」
航さん「こだわりは、ちょっと変わった野菜を育てること。そして、自分の子供たちが畑に行って、その場で安心して食べられるように育てることです。減農薬に努めていて強い薬は使えないので、うちの畑はモンシロチョウの楽園になっています(笑)」
つむぐ農園の販路はECのプラットフォームサービスのみです。特に『ポケットマルシェ』において2019、2020年に”年間生産者ランキング(野菜部門)”で1位を獲得しています。
『ポケットマルシェ』は”オンラインマルシェ”として、生産者とお客さんが交流できるECのプラットフォームサービス。ランキング指標はポケットマルシェ独自のもので、野菜の売り上げはもちろんですが、お客さんとのコミュニケーション具合も入っています。
あやさん「お客さんとの交流はこまめにしています。そうするとお客さんの好みも覚えられちゃうんです。『この方は、この野菜が好きだったからおまけで多めに入れよう』だったり、『この方はハーブが苦手だから入れないようにしよう』だったりカスタマイズできる。
そうすると、そのお客さんが喜びをサイト内に投稿してくれるんです。こちらも『喜んでくれた!』と嬉しくなります。」
まるで、お客さんがその場にいるかのような交流。思わずリピート買いをしてしまうような心遣いです。
航さん「あやが野菜を詰めると段ボールが膨れます。そのくらい量が入っているので、1回開けるとお客さんは元に戻せないらしいです。(笑)」
野菜の状態、農家の暮らしを伝える工夫
実際に野菜を手に取って買えるわけではないECのプラットフォームサービスでは、お客さんに安心して買ってもらえるように、野菜の様子が伝わるような文章表現や、写真の工夫が必要です。
どのように表現したら買ってもらえるのか、いつも考えながら投稿しています。
航さん「お客さんが知りたいのは、届いた感じとか、どれぐらいの大きさや量か、冷蔵庫に入るのかどうか。だから比較できるように手を添えたり、内容物を並べたりして載せています。玉ねぎ3キロってだけ言われても、どのくらいの量なのか、食べきれるのか分からないですよね。」
SNSも同時に運用。特にTwitterでは1日1回は投稿します。現在育っている野菜や、農作業をしている様子、天候、そして家の近くで起きた土砂災害について発信しています。
野菜の周りで起こるあれこれや、おふたりの人柄、農家の暮らしが見えてくるSNS。いつしか交流が生まれ、野菜の状況に対するお客さんの理解が深まります。
そしてSNSでは、お客さんはもちろんのこと、全国にいる農家さんと繋がることができています。
航さん「面白い農家さんって多いんですよ。メッセージを送りあったり、野菜を物々交換したりと、楽しくSNSで交流しています。一緒におもしろおかしくやってるんっすよ。」
クラウドファンディングで再起をかける。元気な姿が恩返し
2021年2月に開いたばかりのつむぐ農園。その立ち上げは波瀾万丈でした。
以前は、航さんのご実家の畑で農業をしていたおふたり。軌道に乗っていたなか、思いもよらない事態が起きたのです。
航さん「2020年10月3日に突然、父から『今月いっぱいで畑から手を引くように』と宣告を受けました。農業経営の考え方の違いが原因です。」
農業を続けられない事態に陥った上に、まだ畑には収穫を待つ野菜がたくさん。小さな苗もたくさんありました。今生きている野菜を無駄にしたくないと、すぐにSNSで助けを求めました。
すると、多くのお客さんや農家の仲間達が畑に駆けつけ、すぐに野菜や苗の買い手がついたのです。『ポケットマルシェ』からも応援があり、車で運搬、東京都の本社で販売が行われました。
野菜の行き先ができて一安心。しかし、このままでは農業ができません。畑もなければ、機材も無い。ここで助けてくれたのも、SNSで繋がる農家の仲間たちでした。
航さん「クラウドファンディングで資金を集めたらどうだろう、という提案をもらったんです。でも、自分たちにはリターンできる野菜がない。そうしたら、農家のみんなが返礼品となる野菜を提供すると言ってくれたんです。」
仲間達の後押しもあり、2020年11月1日に募集を開始。そして1ヶ月の間に284人の支援により435万円に上る資金が集まりました。
あやさん「クラウドファンディングについては、実はいろいろ悩みました。人からお金を支援してもらってまで、農業を続けるようなことなのか。そして、全く何も無いところから農業を始める人もいるのに、自分たちは支援をしてもらうことにも葛藤がありました。
しかし、クラウドファンディングに挑戦しなければ、今も農業を継続できていないと思います。」
航さん「家族経営における事業継承問題は、よく聞きます。自分に置き換えて共感してくれて、手を差し伸べてくれた方もいるかもしれないね。この畑で農業が続けられているのは皆さんのおかげです。」
その感謝は、SNSでも表れます。今でも元気に農家を続けられている姿を見せることが、恩返しのひとつです。
集まる、分かり合える、始まる場所
農園の名前も、お客さんや農家さんに回答してもらったアンケートが元になりました。おふたりのイメージを調べるアンケートをとり、『HYAKUSHO』と組んで分析。しっくり来たのが『つむぐ農園』でした。
あやさん「作物を通して人と人との関係性を”つむぐ”想いが込められています。ロゴの”つむぐ”は一筆書きになっていて、この畑を介して、みんなが繋がる様子を表しています。」
これからつむぐ農園が目指すのは、みんなが集まれる居場所。
いろんな人が来て農業を体験したり、バーベキューをしたりと、交流が生まれる場所です。
なかでも農業体験は、農業について理解が深まる時間になることを願います。
あやさん「近所の人はもちろん、都会の人にも来て欲しいですね。野菜を介する中で、価値観を一致させたいです。それには、現場を知ってもらうのが一番だと思う。農業の背景を知って欲しいです。」
野菜は傷つくこともありますし、虫がつくこともある。そして天候次第で育たないこともあります。現場を知ってもらえば、なぜそうなってしまうのか分かります。
そして顔を実際に合わせられる時間は、お互いのことをもっと分かり合える機会。地域が違えば食生活や習慣なども異なります。それぞれの価値観の共有ができそうです。
航さん「以前、東京のマルシェに野菜を出して驚いたのが、4人家族のお母さんが、試食のトウモロコシを気に入ってくれた時のこと。4人家族だから、当然4本購入すると思ったら”1本”だけだったんです。長野県だったらひとり1本、2本ずつは当たり前なのに。
お互いのことを分かっていると、失礼も生まれないし、思い合うこともできる。こっちの常識が向こうの非常識になることもある。それを理解しあいたいね。」
交流して分かり合えれば、みんなのコミュニケーションが、もっと活発になります。
航さん「この畑を出発点として、新しいことが始まっていって欲しい。それを俺たちも、楽しみたいね。」
みんなでつむがれた農園は、これから人と人の関係性がつむがれていく場所に。そして、新しいことが紡がれていく、みんなの居場所になっていきます。
五味航さん
1980年産まれ、B型。生まれも育ちも長野県岡谷市で、兼業農家の息子として成長。自然と農業の世界へ。三度のメシよりメシがすき。やっぱり猫がすき。
五味あやさん
1976年産まれ、O型。東京生まれさいたま育ちで、アパレル販売員が天職だと思っていたが、結婚を機に農業の世界に魅了されていく。自然の中に身を置くことがすき。