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モチベーショングラフ見てって話④ 〜ナイスファイトな高校時代〜

幼少期小学校中学校。そして高校時代。折り返しだ。ここまできたら、もう注意事項とかどうでもいい。なんでもいいから読んでほしい。もうなんだっていいんだ!読んで!


15歳(高1) [モチベ数値100]

①高校入学。

高校の決め手は、①プールがない、②校舎が綺麗、③バス停が近い、の3点。憧れの高校生活。特に1年生のときのクラスが一番居心地がよかった。かんぴょう事件。特に印象に残っている。友人のお弁当のおかずがかんぴょうだけの日があった。かんぴょうの端を咥えてちまちま食べ進める友人。しかし、いくら食えども終わりに辿り着かない。いっそのことどれだけ長いか確かめようぜと、かんぴょう咥えさせたまま、長さを確認することに。立ち上がっても、椅子の上に立っても、彼女の口からかんぴょうは伸び続ける。最終的に机から遠く離れたところで、かんぴょうの終わりが発見された。目視だけど、3mはゆうに超えてたな。こういった具合の珍事件がたくさん起きる、そんなクラスだった。

②早弁文化を広める。

7時前に家を出て、12時すぎまでお腹がもちますかいな、という話ですよ。というわけで、自己紹介時に早弁宣言。2限と3限の間の休み時間に、いそいそと弁当を取り出し始めた。最初は「まじで食べとるわ〜」みたいな反応だったが、一人、また一人と弁当を開ける者が増えていく。そうして私たちの教室は、午前中から弁当の香りが漂う場として有名になる。先生や他の生徒の口コミで、この文化が急速に広まり、ついには学年中で大流行。早弁の始祖と崇められた。

③また剣道部に入ってしまった。

中学であれだけしんどい思いをしたのに。なぜか見学に行き、なぜか体験に参加し、なぜか入部してしまった。痛恨のミス。しかも同じ学年の女子は私ともう一人だけ。なぜだ。なぜ私は少人数の部を引き当ててしまうのだ。高校剣道は中学とは非にならないくらいに厳しかった。いい思い出といえば、練習終わりにみんなで円陣組んだことくらい。あと試合用の防具がかっちょよかったことくらい。辛いことがあっても当時のことを思い出すと乗り越えられる。そのくらい体と心がばっちばちに鍛え上げられた。

④アメリカで言葉の恐ろしさを知る。

冬休みの間、アメリカの姉妹校に通うことができるプログラムに参加。ホームステイ形式だったので、向こうの学生のお宅にお邪魔した。家族みんなで日本食つくったり、誕生日を祝ってもらったりと、素敵すぎる日々を過ごす。唯一の心残りは、レミゼ観に行こうぜというお誘いを断ったこと。疲れ果てすぎて、その日は一歩も動けなかった。でもアメリカで観る映画!しかもヒュー・ジャックマン!く〜〜〜〜〜〜!悔しい。あと、ここで私はスラングの恐ろしさも知る。一緒に行ったメンバーで観光をした際に見つけた銅像。彼に「ジョンソン」という名をつけて、盛り上がっていた。家に帰って、ホストファザーに今日あったことを報告。銅像の写真を見せながら、これに名前つけて盛り上がったんだよね〜と話すが、名前を告げた瞬間彼の顔が曇る。その時は私の英語が通じんかったか?と思っていたが、後から他の人が持ってきていたスラング辞典を見て唖然。あーーーーー!!!!!という感じ。もっと早くそれ読ませてくれよ!気になる方はググってみてください。あの有名企業とかどうなんねん、という気持ちがずっと拭えていない。無知の恐ろしさを思い知った。

⑤年度末に書いたクラス紹介文を絶賛される。

新聞委員になる。なぜなら、活動が年に一度しかないから。年度末の学校誌。そこにクラス紹介文のページがあり、委員がそれぞれ寄稿することになっていた。大好きなクラス。この気持ちをなんとしてでも伝えたい!うちのクラスは、まじで最高なんだよ!何度も構成を練り、何度も書き直した。締切まで何度も何度も。そうして出来上がった文章を読んで、みんなが大喜びしてくれたのが本当に嬉しくて。胸がいっぱいだった。2年のときの山月記パロもお気に入り。


16歳(高2) [モチベ数値10]

①人間関係で悩む。

新年度、仲の良かった子と別のクラスに。席が近かった子と行動を共にするようになるが、何かと写真を撮ったり、何でもお揃いにしたりする部分にギャップを感じる。あの子が嫌いだとか、そういったグループ内のごたごたも。中学の時の記憶が蘇る。自分の居場所がなくなるのが怖い。苦手なのに、無理してそこに居続けた。誰にでもいい顔をしてしまう、自分のこういうところが嫌になる。

②花火デートをするも途中で帰宅。

浮いているようで浮いていない話。隣で練習していた別の部の先輩から、一緒に花火大会に行こうとお誘いを受ける。めっちゃ青春やん、とわくわくしながら出かけるも、会話が全く盛り上がらない。まじで話が続かない。手持ちのネタを全て出し切ってへろへろの私。この人、私に興味あるのか?(今思うと緊張していただけだな気がする)我慢できなくなり、目玉のフィナーレを前に帰宅宣言。花火の音を背に、駅まで4km歩いた。下駄で擦り切れた足がただただ痛かった。

③文化祭でみた有志のライブに感銘を受ける。

これを見て、絶対にバンドを組むと決意する。ものすごくかっこよかった。ここでGLAYの『誘惑』にはまり、今日に至るまで何千回と聴き続けている。私の十八番の一つ。あとボーカルの先輩がかっこよすぎた。まじでイケメン。次の日たまたますれ違ったから一緒に写真撮ってもらった。対応もイケメンだった。

④部活の出し物でネタを披露する。

私の所属していた部には悪しき風習があった。年に2回、みんなの前でネタを披露しなければいけない。そして鬼コーチを必ず笑わせなければならないという、朽ち果てるべき風習が。本当に、本当に、本当に、早く滅びろと、ずっと、強く願っていた。鬼コーチはこの年に引退するのだが、その後も私たちが卒業するまでこの伝統は続いた。最後の年は、少しだけ楽しめた気もする。少しだけね。

⑥鬼コーチとの別れ。

鬼コーチ、こんな風に書いているのがばれたら終わる。ジ・エンド。絶対に身バレしたくない。先生、本当に怖かった。鬼とかじゃないな。大王?閻魔様?まじで怖かった。今の教育界だとちょっと問題になるようなならないような、そういうレベルの怖さ。でも、先生が退職されるときに「本当によく頑張った」と声をかけてくれて大号泣。ほかの女子部員が来ない中、一人で参加して、休みたい逃げたいと思いつつ、屈強な男子たちに囲まれて、全身あざだらけ、あげくの果てに先生には投げ飛ばされるし、もう散々な日々。それでも頑張って続けたのは小学校のときの経験が生きていたからで。同学年の男子には全く心を開かなかったが、それでも彼らは励ましてくれて。先生との掛かり稽古が終わった時に、ナイスファイトって声かけてくれたこととか。そういう記憶がばーっと蘇ってきて、泣いた。私、本当によく頑張ったと思う。


17歳(高3) [モチベ数値50]

①最後の大会。

新しく後輩が入ってきて、ようやく完全な状態で団体戦に出られるようになる。デジャヴか?みんなでカツ丼食べに行ったりもした。束の間の青春を楽しむ。団体戦、好きだったなあ。主将の掛け声で前に出る。一列に並んで、互いに礼。そのまま後ろに下がり、場外に出たところでワッと気合い入れをする、静と動が瞬時に切り替わるあの感じ。試合中は一人、でも周りに仲間がいるあの感じ。紅白の襷をみんなでかけあったり、声出せないから拍手しまくったり。たまに思い出して、あの雰囲気を味わいたくなる。

②塾に入り浸る。

部活を引退してからは塾に入り浸った。友人に誘われた個人塾。終業のチャイムと同時にバス停までダッシュ。そこから終電まで毎日勉強する。休みの日も朝から晩まで。でも、辛いと感じたことはなかった。周りと同じ温度感で頑張れることが楽しかった。

③数学と化学の点数が劇的に伸びる。

なぜそこまで入り浸ったのか。答えは一つ、成績が悪かったから。特に理系科目。文系といえど、こいつらと対峙する必要があったのです。当時の私の点数、1桁。なんということでしょう。マークシートでもこの点数。鉛筆転がすだけじゃだめだった。塾長につきっきりで教えてもらう。基礎を全く理解していない私に根気強く教えてくれた先生、本当にありがとう。大感謝。伸び代しかなかったので、それはもう気持ちいいくらいに伸びた。やればできる。やればできるのです。

④友人の誕生日にかぼちゃを贈る。

めっちゃどうでもいい話。ハロウィンが誕生日だった友人にかぼちゃを贈った。ひょうたんかぼちゃ。普通のかぼちゃは持ち運びが大変だと思い。ただそれだけ。内容がなさすぎる。あとで聞いたらかぼちゃ苦手だったらしい。でもこのかぼちゃは食べれたと話していた。本当か?

⑤登校前に朝マック、中庭でカップラーメン。

受験期の気分転換といえば、食事でしょう。食べている時は、公式や年号から脳を解放することができた。普段は弁当を持参していたが、たまにする朝マックとカップラーメン、あれ最高だったな。始発で学校近くのマックまで行ったり、魔法瓶にお湯入れてもってきて中庭でカップラーメン食べたり。お湯が少しぬるくて、なかなか麺が戻らなかったのもいい思い出。出前はとるなと先生から釘を刺されていたので、ピザは食べられなかったな。先生鋭かったな。

⑥憧れの先生に第二ボタンをねだる。

学校の先生ではない。塾の先生。といっても塾長ではない。大学生のアルバイト先生。英語を教えてもらっていた。この先生のことがすごく好きで。というか、好きって軽々しく言いたくないくらい。なんだろうな、ずっと心の片隅にいる、憧れの人、みなさんもいませんかね。普段は隠れているのに、本当にたまーに、ふとした時に思い出す。そんな感じの人。でも今会えるとしても会いたくない。思い出として綺麗に保管しておきたい。そんな感じの人です。で、大好きだった先生に第二ボタンをねだり、受け取った。一生大切にしようと思い、宝物ボックスに入れては、事あるごとに取り出して眺めていた。私の高校とは違う、桜の形が形どられたものだった。

(確かめようと箱を開けたら、あるべき場所になかった。愕然としている。)


総括

受験くらいしか書くことないだろ、と高を括っていたら、想像以上に長くなってしまった。過去の経験を活かしたり、活かさなかったりしながら、懸命に生きている感じ。自分で自分を褒めてあげたい。偉い!やればできるという経験は自信に繋がったなあ。(まあ今後やってもできないにぶち当たるのですがそれは別の話)ちょっと、眠すぎて、内容が薄い。また思いついたら加筆します。

記憶が鮮明になってきているので、書く度に受け取る感情も大きくなっている。しんどい。ノリで始めたこの企画、どう着地するのかがわからない。怖い。それなのになぜ、身を削って書いているのか。何か答えが見つかるといいのですが。

※サムネはカップヌードル。5分くらい待つとちょうどよかった。

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