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どこかで幸せになっていて欲しい、と願う事。

2月付で、職場で同じグループに所属する先輩が一人退職した。どうやら個人で事業を立ち上げるらしい。その送別会が昨日行われた。
その先輩は職場の人間関係や、業務内容において少し負担がかかったようで、これまで2度休職し、その間の業務は僕が一人で請け負うことになったりもした。
プライベートではあまり接点はなかったし、本当に約1年半業務上の付き合いだけ、そんな先輩だった。だから別れる際に涙を流しはしなかったし、どちらかというと今後自分の業務がますます増えるな、程度にしか思っていない。

もう2度と会わないかもしれない、だからこそ

そう。きっともう2度と会うことはないだろう。
これをきっかかけにこれまで別れてきた誰かの事を思う。
僕は、上辺の関係性を作ることが得意だ。得意というか、それしか人との関係構築の術を知らないのかもしれない。だから、進学や転勤、転職の度に多くの人間関係がリセットされる。
SNSも自分から知りに行こう、というタイプではないし、多くの友人だった彼らが今、どこで、何をしているかは知らないことが多い。
小学校で地域の子供会で一緒に野球をしていた彼ら、僕の初恋の子、中学時代に野球部でともに汗を流した仲間、高校で出会った先生、友達、大学で授業をサボって飲んでいたアイツら。そして当時大好きだった恋人たち。
時々思いを馳せて、センチメンタルな気分になることもあるけど、どうか、どうか幸せになっていて欲しい。

そう思えるようになったきっかけ

直近の恋人を、僕は本当に大好きだったし、人として尊敬していた。
年齢としては9歳下だったけれど、本当に。
その子から言われたいろんな言葉が間違いなく僕を変えてくれたし、今も自分の自信になっている。いろんなことが重なって、別れてしまったけれど、心の底からその人が悲しんで泣いている姿は見たくないと思っているし、笑顔で毎日過ごせているといいなと思っている。
本当は、その笑顔の隣に僕がいることが出来たら最高に幸せだったけど、それでも、僕じゃない誰かの隣でもいいから、笑っていて欲しいと心の底から願う。
別れて半年以上たってもそう思えていること自体幸せだと感じている。

かつての自分と一緒の時を過ごしてくれて、幸せな時間をくれたみんなへ。

もう2度と会わないかもしれない。
だからこそどうか幸せになっていてください。
心から願っています。

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hy:東京の片隅に住むアラサーリーマンのエッセイ
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