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「異文化」を通して「アイデンティティ」を見つめ直す。藤岡みなみ×徳谷柿次郎、W刊行記念イベントレポート

2022年9月に発売された、弊社代表・徳谷柿次郎の自叙伝『おまえの俺をおしえてくれ』(風旅出版、略称:おまおれ)。

その出版記念イベントとして、柿次郎たっての希望により、藤岡みなみさんとの対談トークショーが実現しました!

実は藤岡さんも、2022年8月にエッセイ集『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)を刊行したばかり。

左から、『おまえの俺をおしえてくれ』、『パンダのうんこはいい匂い』の2冊。しかも、どちらの本も表紙に動物のイラストが

インターネット上では以前からお互いを知っていたというおふたりですが、実はこうして話すのは今回が初めて。

さまざまな共通点を持つおふたりの、それぞれのアイデンティティのルーツやローカルとの向き合い方が垣間見える、濃密な2時間でした。

そんなトークイベント「おまえのパンダがおしえてくれたいい匂い」(2022/10/29開催)の様子を、今回は特別にレポート記事でお届けします!

藤岡さんは山梨からリモートで参加

各著者&イベント登壇者のプロフィール

●徳谷柿次郎
株式会社Huuuu代表。1982年大阪生まれ。長野県在住。全国47都道府県のローカル領域を軸に活動している。どこでも地元メディア『ジモコロ』編集長7年目。長野県の移住総合メディア『SuuHaa』を立ち上げたり、善光寺近くでお土産屋『シンカイ』を運営したり、自然と都会の価値を反復横とびしている。

●藤岡みなみ
文筆家/ラジオパーソナリティ/ドキュメンタリー映画プロデューサー。1988年生まれ。学生時代からエッセイやポエムを書き始め、インターネットに公開するようになる。時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りって現実にある時間旅行では? と思い、2019年にタイムトラベル専門書店utoutoを開始。

●柳下恭平(司会)
株式会社鴎来堂(おうらいどう)、かもめブックス代表。1976年生まれ。さまざまな職種を経験、世界中を放浪したのちに、帰国後に出版社で働く。編集者から校閲者に転身し、28歳の時に校正・校閲を専門とする会社、鴎来堂を立ち上げる。『おまえの俺をおしえてくれ』担当編集。


お互いを知ったきっかけ、ふたりの共通点

──柿次郎くんは、いつ藤岡さんを知ったんですか?

柿次郎 14年くらい前に上京して『上野経済新聞』という媒体で見習い記者をしていたんですけど、その頃からパンダつながりでお名前はよく拝見してました。

藤岡 そうだったんですね。私、ずっと住んでいた高円寺のニュースサイトを作りたくて、『上野経済新聞』の西田陽介さんに相談しに行ったことがあるんですよ!懐かしい。

──西田さんのお名前も『おまえの俺をおしえてくれ』の中に出てきましたね。なんかいろいろ繋がってくるな。じゃあ逆に、藤岡さんが最初に徳谷柿次郎を知ったのはいつ頃なんですか?

藤岡 えー、いつなんだろう!多分、中高生の頃からずっとテキストサイトを見てたので、その流れで「インターネットの面白い人」の括りに柿次郎さんも入ってたんだと思います。

柿次郎 そう、藤岡さんの本からはどこかテキストサイト臭を感じるんですよね。小ボケを入れ続ける感じとか。

藤岡 小ボケ(笑)。

──藤岡さんの文章の、かならずオチやマクラをつける構成の上手さは僕も感じていたんですけど、あれってテキストサイトから来てたんですか?

藤岡 影響を受けたもののひとつかもしれないですね。ラジオっぽいとか落語っぽいと言われることもあったり。

──これまでのおふたりには接点こそ少なかったけれど、「インターネット」という大きな共通項があったんですね!あらためて、インターネットすげえな〜って思いました。他にはどんな共通点があると思いますか?

左:徳谷柿次郎『おまえの俺をおしえてくれ』(風旅出版)/
右:藤岡みなみ『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)

柿次郎 まずは「動物に対する好奇心」かな。表紙に動物が描かれていることは、この2冊の共通点でもありますね。ローカル取材をしていくうちに、動物や虫や魚にどんどん面白さを感じるようになって、動物と人間の差異を考えるのも好きです。

──なるほど。

藤岡 あと、本の中での共通項で言えば「アイデンティティ」ですよね。柿次郎さんが体当たりでアイデンティティを獲得していく感じに、私もすごく共感しました。

──うんうん。

藤岡 そしてやっぱり「ローカル」。私は今、東京と山梨の2拠点で暮らしているので、2拠点生活から長野に本格移住した柿次郎さんのことを移住の先輩だと思ってます。

柿次郎 場所を増やすことによってアイデンティティの割合を変えていく、みたいなこともあると思いますね。今は移住当初の長野市の家とは別に、より自然豊かな信濃町というところにも家を建てて住んでいて。

──長野内2拠点(笑)。

柿次郎 だから藤岡さんも、いつか山梨内2拠点になるかもしれない。

藤岡 あるかもしれないですね(笑)。

柿次郎 どうして長野に2拠点目を作れたのかというと、東京と長野で暮らしていた時は両方とも賃貸だったので、家具が2拠点分残ってたんですよ。捨てずに置いておいたおかげで一から揃え直さずに済んだので、コストが下がった。ドライヤーとか、もうひとつ買おうと思ったらけっこう高いじゃないですか。

藤岡 ああー、たしかに!2拠点の名残。

柿次郎 まあ元を辿れば、最初に2拠点生活を始める際にやむを得ず買った家具たちなんですけどね……。この名残は、呪いなんです。

藤岡 わかる〜!!その呪い、もうかかってるかも(笑)。

──藤岡さんもそういうことありますか?

藤岡 ありますあります。泣きながらふたつめのソファを買ったり。

──リアルだ……。

柿次郎 でも、僕はもうそこを突き抜けて、いかに増やしきるかに挑んでいます。

──え、まさか3拠点目もつくる可能性があるんですか?

柿次郎 実際、すでに京都に3拠点目があるので(笑)。

藤岡 すごい……!なんか、めちゃくちゃ賃貸を借りられているんですよね?

柿次郎 会社の事業を含めて、多分6箇所くらい借りています。

藤岡 6箇所はすごい!

柿次郎 ときどき冷静になって全部の家賃を計算したりしますね。

藤岡 怖い!

──『おまおれ』でも描かれていましたが、小中学生の頃は3LDKに6人とか、2DKに4人とかで住んでいた時代があったじゃないですか。今の多拠点生活には、その反動としてのアイデンティティを感じますね。

柿次郎 根っこはそこにあるのかもしれないですね。僕は三人兄弟の次男で、もともとお兄ちゃんと相部屋だったんです。引っ越して家が変わったとき、普通はだいたい長男が一人部屋になるのに、僕が「一人部屋欲しい!」ってめっちゃ主張したらしいんです。

──うんうん。

柿次郎 そうして自分だけの部屋を得たことで、インターネットの世界が広がった。要は、同じ部屋にお兄ちゃんがいるのに、パソコンで自分の恥ずかしい文章を書いたりいろんなものを読むって、けっこう憚られるんです。

藤岡 ああー!わかる。

柿次郎 そこから脱して自分の世界を得たという原体験に、この本を書いたことであらためて気付いたというか。


知らない場所に飛び込めるのは、乗り越えられる確信があるから

──おふたりに共通する部分なんですが、異文化に飛び込んで、体験して、なんとかしてしまうような行動力を感じますよね。そういう部分のルーツって、どんな経験にあるんでしょうか?

藤岡 本を書いていく中で気付いたんですけど、転校しがちだったことが自分のアイデンティティにすごく関わっているみたいで。子供の頃から引っ越しと転校を繰り返すことで、自分がその環境にとって異質な存在になることが多かったので、飛び込んで行かざるを得なかった。

藤岡 今でも自分の知らないところにどんどん出かけていくのは、たとえ最初はちょっとウッ……と感じても、絶対に乗り越えられることを転校生経験によって確信しているからなんだと思います。

──なるほど。

藤岡 最初は疎外感を感じますけど、ちょっとしたら慣れるし、慣れた先にはもっと知らない面白いものがある。小さい頃からそれを実感してきたので、大人になってからも他の場所に行くことへの抵抗が少ない……というのはあるかもしれない。

柿次郎 乗り越えられる自信がついたんですね。

──でもきっと、ちょっと無理もしてますよね。好奇心は尽きなくても、体力は無限に続くわけじゃないですし。

藤岡 やっぱり、苦しいときは苦しい。気持ちは抵抗してるんですけど、身体が「大丈夫だよ、ここを越えればなんか広がってるよ」って言ってくるような感じですかね。

──すごい。じゃあ、ふたりとも「ほんとは家の中で本ばっかり読んでたい」とか思うんですか?

藤岡 ですね、私は。

柿次郎 僕もです。でもなんか、気付けば年々それができなくなってきていますね。

──自分ひとりでいられなくなってきている?

柿次郎 そう!不安になる。3日くらい家にいると「外に出なきゃ!」って思うし、寝る前に飛行機の値段とか検索して「俺はいつでも行けるぞ」という気持ちを高めてしまう。

藤岡 賃貸いっぱい借りてるのに、家にいない(笑)。


アイデンティティを更新することのむずかしさ


藤岡 私は、『おまえの俺をおしえてくれ』の中で繰り返し出てくる「アイデンティティの上書き」という言葉や、「自分を編集する」みたいな部分にすごく共感したんです。

──なるほど?

藤岡 でも、私が自分のアイデンティティを更新するときってポジティブな気持ちだけではなくて、「そんなことしていいのかな」という後ろめたさもちょっとあって。私の中には「これだ!」というアイデンティティがあるけど、周りに「おまえはそれじゃないだろ」って言われているように感じて、いつも葛藤がある。

──それは、転校生だったのも関係あるんでしょうか?

藤岡 たしかに。関西に引っ越せば「東京の子」、東京に引っ越せば「関西の子」って言われて、自分のキャラを周りが勝手に決めてくる。それで大人になってからも、自分が考えるアイデンティティに対して「ほんとに?」って思われてる気がして悩む……というのがけっこうあります。

柿次郎 なるほど。僕の場合、親からもらった「洋平」という名前を変えて「柿次郎」と名乗り始めて、99%の人々から柿次郎って呼ばれるようになってからは、気持ち的にも「これでいいや」って開き直りました。名前を変えたのと同時に「柿」ってタトゥーも入れたし、そのあたりで逡巡や躊躇は無くなったのかもしれないですね。

藤岡 すばらしい。……私、インターネット大好きっ子なんですけど、インターネットの嫌いなところもあって。

──ふむふむ。

藤岡 それは「自分の過去が古くならずにずっとそこにあること」なんです。自分としてはどんどん脱皮しているつもりでも、辿れば子役時代の写真とかがいまだに出てくる。

──たしかに困りますね。そのせいで、アイデンティティの更新もしづらくなる。

柿次郎 ああー、わかります。いろんな人が悩まされている問題かもしれないですね。


パンダとゴリラ/異文化とアイデンティティ

柿次郎 これは藤岡さんに聞いてみたかったんですけど、自分のことを1冊の本として書き上げると、ちょっと心が空っぽになりませんか。僕は40歳のタイミングでオフィスを作って、信濃町に家を作って、スナックを作って、そしてこの本を作ったんですけど……

藤岡 作りすぎてる!

柿次郎 作りすぎて、次どうしよう、みたいな(笑)。

──燃え尽き症候群的なものがあるんですか?

柿次郎 1週間くらいありました。

藤岡 短い!

──それ燃え尽き症候群じゃないですね(笑)。

柿次郎 たしかに、ただの休憩かも(笑)。僕はゴリラの生態が好きなんですけど、ゴリラって、自分のうんこを投げるんですよね。この本は、40年分の自分の人生を1冊にまとめた宿便なんです。

藤岡 ああー!

──めっちゃ納得してる(笑)。

柿次郎 「本」というプロダクトの中で自分の話をすることで、きっと藤岡さんの中でもいろいろな変化があったんじゃないかな。1冊の本を書き上げた今の心境を聞いてみたいです。

藤岡 おっしゃる通り、書き終わった瞬間は「もう何も出ません!」って感じがして。柿次郎さんよりも長くて、1ヶ月くらいは空っぽの気持ちで過ごしていましたね。もともと、最初は「異文化」がテーマの本だったので、興味のある1ジャンルというつもりで書き始めたんですけど、書き終えたらなぜか自伝みたいになっていて。

柿次郎 へえ!

藤岡 一旦「自分以外全部異文化」という仮説を置くと、自分とは違う世界と対面したり、自分が何かを持っていないと感じたり、そのすべての瞬間が己のアイデンティティを見つめ直すことに繋がっていたんです。だから、異文化をテーマに書いたものが自ずと自伝になってしまったんだなと。

──なるほどね〜!

柿次郎 けっこう、やってることは近いかも。

──柿次郎くんの場合は、自分のことを書いていきながら「おまえ」というものを見出した。もっと言うと、HIPHOPカルチャーの「おまえ」と「おれ」という関係性の中から自分を見出した。自分の中にあるものを出し切った結果として他者のことを考えるというのは、逆のようだし同じようでもある。おもしろいですね。

柿次郎 そうですね。結局人間は、友達だったり、この場に集まってくださっている方々だったり、そういう他者との関係性の中でしか己を認識できない。だから結局どっちであろうと、他者や社会が無ければ自分を見つめることはできないということが、自分の中でよりリアルになったというか。

藤岡 うんうん。

──さきほど出てきた「自分以外全部異文化」という仮説を踏まえた上で、自分自身も異文化だと感じることってあるんですか?

柿次郎 それで言うと僕は、異文化的に見られるような立ち振る舞いやポジション取りを意識的にやっている気がしますね。

──なるほどなるほど。……もう、満足だ。

柿次郎 柳下さん!?まだ半分以上ありますよ!!急に電池切れないでください。

藤岡 (笑)。

──いやいや!だって、すごくいい話じゃないですか。聞いているみなさんには申し訳ないんですけど、この本たちをいちばん深く理解しているのは我々な気がするんですよ。

柿次郎 いちばん読んでますからね。

──柿次郎くんも藤岡さんも、ゴリラやパンダに傾倒しているとは言っても、別にずっとゴリラやパンダのことを考えているわけではなくて、あくまでいろんな異文化の中の一部として興味があるんでしょうね。

柿次郎 たしかに。ゴリラの生態もほんとに好きですけど、動物園に行ったら毎回見にいきたい!というほどのゴリラフリークではないです。

──「へー、ゴリラ好きなんだ」だけで終わってしまうと、この本に書かれている、チームをゴリラやチンパンジーに喩えた実践的なマネジメント論みたいなところまではなかなか伝わらないじゃないですか。藤岡さんにも、パンダについてのそれがある気がしますね。編集の三上さんも「パンダだけの本じゃないことが伝わってほしいです」とおっしゃっていましたし。

『パンダのうんこはいい匂い』担当編集の三上さん(画像中央で本を掲げる女性)

藤岡 そうなんですよ。「朝から晩までパンダのこと考えてるんでしょ」「部屋中パンダなんでしょ」みたいに思われがちなんですけど、ぜんぜんそんなことはなくて。もう好きを超えて「テーマ」になっているので、もはや好きかどうかもわからないというか。

──藤岡さんのパンダ語りもぜひ聞いてみたいですね。どんな部分に惹かれるんですか?

藤岡 パンダって、およそ700万年前から存在していて。他の動物が死んじゃった氷河期をパンダが乗り越えられたのは、もともと肉食獣だったのに、寒さに強い竹を主食に切り替えたからなんです。

──あ、そうなんですか!

藤岡 そんな賢い動物なんですけど、今では世界に2500頭くらいしかいなくて。かわいい!助けよう!と人間が思わなかったら、多分とっくにいなくなっていたんですよ。そんな、ぎりぎりこの時代にいるようなレアな動物が、自分と同じ時代を生きているのは、ものすごい奇跡だと思います。

柿次郎 うんうん。

藤岡 それと、人間がどこまで動物の運命を左右していいのだろうか……というのはよく考えますね。パンダは人間が保護したから数が盛り返して、そうやって絶滅を先延ばしにされる動物もいれば、ほっとかれる動物もいたりする。人間と動物の運命の形の最先端がそこにある気がしていて。すごく果てしない気持ちになる要素が多いんですよ、パンダには。

柿次郎 もう、学問の域ですね。ここまで捉えている人、なかなかいないだろうなあ。

※休憩を挟んで、後半は柿次郎と藤岡さん、おふたりの対談形式で進みます。


”真逆の世界”から人生を見つめなおす

柿次郎 パンダの他にも、藤岡さんの好きなものや興味のあるもののお話を聞いていきたいのですが、藤岡さんは「縄文」がお好きなんですよね?

藤岡 はい!私がいま山梨に住んでいる理由のひとつも、「縄文が好きだから」なんです。山梨は縄文王国で、いろんな遺跡や土器が発掘されているので、それを楽しみたくて「縄文留学」をしにきました。

柿次郎 縄文留学、なにを学べるんですか?

藤岡 縄文人の暮らし自体がすごく好きで。現代ではスピード感やコストパフォーマンスが求められていると思うんですけど、縄文人はワーーっと飾りのついた道具を普段から使っていた。効率を重視するならもっと使いやすい形にすると思うんですけど、わざわざ飾り付けした使いにくいものを扱っていた。その現代と真逆の「わざわざ感」って、私が暮らしに取り入れたいものだなと思うんです。もっとゆっくり生きたい。

柿次郎 なるほど。僕が長野に移住した理由も、「スピード感を変えたかった」というのが割と大きくて。編集の仕事は人と会ってなんぼではあるんですけど、ずっと東京で週5で飲んでるのをどうにか週2に減らしたいな……と思って長野に引っ越した部分があります(笑)。ところが今となっては、東京で週5じゃなくて、全国を股にかけて週5で飲むことに……。

藤岡 なぜかよりハードに(笑)。

柿次郎 それで今は長野県の北側、新潟との県境にある信濃町に住んでいるんですけど、ここでは縄文人の遺跡やナウマンゾウの化石が発掘されてるんですよね。

藤岡 おお!

柿次郎 縄文人やナウマンゾウが好んで選んだ土地なら、現代人も死ににくい説があるんじゃないかなと思って選びました。

藤岡 いやー、ありそうですね!優良物件の条件って、現代だと「駅近」とかですけど、本当は昔から生き物や人間が暮らしてきた土地こそが、安全だったり豊かだったりするのかなって思います。

不定期で”時空の裂け目”からあらわれる、タイムトラベル専門書店utouto

柿次郎 あと、藤岡さんは「タイムトラベル」もお好きで、タイムトラベル専門の本屋さんもされているとか。そういった活動のお話も聞いていいですか?

藤岡 それについても、きっかけのひとつは縄文を好きになったことなんです。タイムトラベルSFの小説や映画はもともと好きだったんですけど、縄文を好きになってからは「タイムトラベルって実際にできるな」「SFじゃないな」と思うようになって。現実にもタイムトラベルはあるよ、ということを示す場というか。

柿次郎 それで、タイムトラベル専門書店を。

藤岡 本は全部、過去に誰かが書いたもので、そのときの時間がぎゅっと詰まっている。本を通じて未来とも過去とも繋がれる。今タイムマシンを作るとしたら、本屋さんの形をしてるんじゃないかなと思ったりして。

柿次郎 おおー!おもしろい仮説ですね。

藤岡 あと、縄文の遺跡とかに行くと「ここに人がいたんだ」って胸にグッとくる感じ、あれもタイムトラベルと呼んでいいんじゃないかな。

柿次郎 うんうん。わかります。

藤岡 タイムトラベル的な想像力は、地球の未来を想像するとか、戦争の記憶を自分が継承していくとか、そういうことにも役立つんじゃないかなと思ったんです。そんな広いことをやりたくて、SFの本も、考古学の本も、未来に思いを馳せるような本も置くし、イベントもやるような場所を作りたい、と思ったのがきっかけですね。

柿次郎 なるほど。タイムトラベルSFですごく好きだったり、影響を受けたりした作品はありますか?

藤岡 ケン・グリムウッドの『リプレイ』という小説がすごく面白くて。人生を何回もループしてるという内容で。”タイムループもの”が好きなんですよね。

柿次郎 ああ、いいですね。

藤岡 ループものも、私たちの現実とは真逆なんですよね。ループという時の牢獄に閉じ込められるのは、本当に孤独で。読み終えた後に「私の人生、1回でよかった〜!」ってなるんですよね(笑)。

柿次郎 ループものを通して、今生きている世界を肯定できるような。

藤岡 生きててよかった〜!って思います。


やばいおじさんの言葉はラッパーに似ている

藤岡 『おまえの俺をおしえてくれ』の中で、「ローカルのやばいおじさんの言葉はラッパーの言葉に似ている」というところがすごく好きで、心に残ったんですよね。

”やべえおじさんのやべえ言葉って、めちゃめちゃラッパーの言葉に近いというか。”(風旅出版『おまえの俺をおしえてくれ』p.268)

柿次郎 ありがとうございます!(笑)

藤岡 私は北海道に通いながら仕事をしていた時期が長かったんですけど、北海道のいろんなところを回ると、突き抜けている人がいっぱいいて、私の中ではそれが東京より面白くて。ちょっと、柿次郎さんが思うローカルの人の面白さについて伺ってみたいです。

柿次郎 僕の人生を大きく揺らす人って、70代前半の方がいちばん多くて。戦後の体験を乗り越えて、自然と向き合い続けてきた経験って、強烈な「ない」じゃないですか。戦争で、土地も、家族も、すべてがなくなって。しかもそのあとは、高度経済成長で自然が伐採されていった。

柿次郎 そんな30〜40年前に、何かをやり続けるのって、今よりももっと孤独だったはずなんですよね。だからその世代の、自分を信じて自分の言葉を獲得している人の言うことは、すごくラッパーっぽいな、と。まあ、僕がHIPHOP好きというのもあるんですけど。

藤岡 なるほど……!

柿次郎 人によっては「偏った意見を言ってるやばい人」で片付けられがちな人の言葉の中に、めちゃくちゃ大事なことがいっぱい含まれている気がしていて。エンターテイメント的な見せ方を考えつつ、そんなおじさんたちの言葉が読み手の中に残ればいいな。

藤岡 うんうん。大事ですね。

柿次郎 あと、もし70代の人が80代になったら、今ほど元気で活力のある言葉で伝えてくれるかわからない。あと10年経ったらもう聞けない言葉ってたくさんあると思うので、それをいっぱいアーカイブしたいという思いもあります。

藤岡 たしかに、今会いに行かないとというのはありますよね。

柿次郎 まあ、そういう人には年に1回会えたらラッキー、って感じですけどね。でも、そういう価値観を持った人たちの本っていっぱい残っていて。今70代とかですごいことをやっている人たちも、過去の偉人たちの考え方や言葉を引き継いでやっているはずなので、それをまた文化として伝えていければいいのかなと思います。

藤岡 なるほど、そういう気持ちで『ジモコロ』があるんですね。私も、山梨にいる間にいろんな人に会いに行きたいな。

柿次郎 山梨も面白い人が多い気がしますね。『おまおれ』出版イベントで甲府に前乗りして飲んでて、店主さんに「明日は何されるんですか?」って聞かれたので本を売りに来たことを話したら、まだ説明もしてないのに隣のおじさんが「俺買うよ!」って(笑)。

藤岡 えー!?

柿次郎 そのまた隣の人も「お、じゃあ俺も買うよ」って。結局、お店にいた僕ら以外のお客さん7人くらいが全員買ってくれたんですよ!そんなことあるの!?って。

藤岡 なんで!?(笑)

柿次郎 僕もどうしてなのか気になっておじさんと喋っていたら、たぶん山梨の「無尽」という、お金を集めあって互助をするカルチャーが……

藤岡 ああー!互助会みたいな風習があるんですよね。なるほどなー。

※無尽:仲間内でお金を積み立てて生活を支え合う、山梨に古くからある文化。Huuuuでは過去に取材もしました。(記事はこちら

柿次郎 あとは、東京や諏訪から来た人への「おもてなし」で産業を成り立たせるという精神が山梨にはあって、そのあたりが重なって全員が買ってくれたんじゃないか、みたいな。

藤岡 はあー。

柿次郎 山梨の精神性って、めちゃくちゃノリが良くて面白いんですよね。人口が少ないから長野を羨んでいたり。僕の友達も「はやく長野に吸収されたい」って言ってて(笑)。

藤岡 あはは(笑)。

柿次郎 それでもやっぱり、自分達の文化をどうにかして生き残らせるための判断を、躊躇なくできるような精神性を秘めているんじゃないかな。

藤岡 うんうん。

柿次郎 そんな山梨の面白さに触れていく過程で、藤岡さんのアイデンティティがどう変わっていくのかも楽しみですね。

藤岡 そうですね。すごくいろんな影響を受けそうだから楽しみです。


次に書きたいテーマ

柿次郎 だいぶ終盤に差し掛かってきたので、僕からの最後の質問を。『パンダのうんこはいい匂い』を書き終えて、次はどんなテーマで書きたいですか?

藤岡 たくさんあるアイデアのうちのひとつなんですけど、タイムトラベルのエッセイを書きたいなって。

柿次郎 あー!めっちゃいい。

藤岡 いろんなタイムトラベルの瞬間についてのエッセイを書きたいなって思ってます。たとえば、サモアとアメリカ領のサモア(東サモア)の間にはちょうど日付変更線があるから、そこを行き来すれば今日がもう1回来る、という話を聞いて。

柿次郎 ループものだ。

藤岡 そうそうそう!誕生日がもう1日!みたいな(笑)。そういう小さな、時間について思いを馳せる瞬間をたくさん集めたエッセイ集を書いてみたい。

柿次郎 めちゃくちゃいいし、あんまり他と被らなさそうですね。そういう目の前の小さな体験に対して想像力を駆使すれば、それこそ山梨にいても縄文時代に思いを馳せれば、タイムトラベルができる。

藤岡 はい。「竪穴式住居に1日住んでみる」とか、とにかくタイムトラベルできそうないろんなテーマを片っ端から試して、「タイムトラベルは本当にある!」って検証してみたいです。

柿次郎 いいなあ(笑)。

藤岡 柿次郎さんはいろんなことやりつくしてると思うんですけど、これから書きたいことはあるんですか?

柿次郎 これぞ、というテーマはまだそんなに見えてないですね。でも、雑誌をやりたい気持ちがある。

藤岡 いいですね、ジャーナル的な。

柿次郎 ジブリの『熱風』という小冊子に対抗して、『風穴』って雑誌を作りたくて(笑)。「こうあるべきだ」という読者の思い込みに対して、読書体験を通じて風穴を開けていくような。

藤岡 おおー!

柿次郎 自分がいま面白がっていることって、世間一般的に見ればだいぶ抽象度が高いし、面白がりが進みすぎているのも自覚している。でも逆に、商業的な媒体に寄稿するよりも、自分の責任編集の範囲に詰め込んで世に放ったほうが、純度の高いものを出していけるんじゃないかな。

藤岡 ふむふむ。

柿次郎 たとえば「自由なめんなよ」特集とか。みんな自由を求めてるけど、その自由って本当はなんなんだろう。やっぱりそんなに簡単なものではなくて、たとえ自分だけが自由でも、そのほとんどは社会や経済に甘えている。これはけっこう、初期のヒッピーが生きづらさを抱えるお金持ちの中から生まれたカウンターカルチャーである、というところにもリンクしていて。

藤岡 うわー!おもしろそう。めっちゃ読みたいです。

柿次郎 もちろん自分のことも書けるけれど、こういう面白いテーマが山ほどあるのにぜんぜん処理できてないし、そっちをやったほうがインパクトも出るんじゃないかなと。それこそ、藤岡さんにもエッセイを書いてもらいたいですね。「自由とタイムトラベル」なんて、絶対面白い気がするので。

藤岡 ぜひ!楽しみにしてます!


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『パンダのうんこはいい』 著・藤岡みなみ
定価:1,980円(税込)
出版日:2022年8月5日
版元:左右社


『おまえの俺をおしえてくれ』 著・徳谷柿次郎
定価:1,980円(税込)
出版日:2022年9月16日
版元:風旅出版

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