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日本の学校教育カリキュラムは暴走列車のようなもの
19世紀末、シベリア鉄道建設の初期、ロシアは極東への鉄道敷設を急ぐあまり、驚くべき方法を取っていました。単線の線路をただ東へ東へと延ばし、列車が目的地に着いたら、もう戻る術がないため、その列車を解体して燃やしてしまっていたのです。一方通行の軌道と、その終着点での破壊。WOW!なんて頭がイカれてんだ!
しかし、この歴史的エピソードは、奇しくも現代の日本の教育システムの姿を象徴しているように思えてなりません。
「単線鉄道」な学校教育のカリキュラム
今の日本の義務教育は、まるでその時代のシベリア鉄道のように、一本のレールの上を高速列車が突っ走るだけの線路でできています。乗り遅れる子がいても、理解が追いつかない子がいても、心が折れそうな子がいても、列車は止まりません。乗客を取りこぼしながら、ただひたすら先へ進むだけです。これは、単に不登校の子どもたちだけに当てはまる事態ではありません。学校に通い続けている子どもたちすべてに当てはまる事態です。
なぜ、この「列車」は壊れているのか
現在の教育システムにはいくつかの特徴があります。
全員が同じペースで進むという非現実的な前提
窒息しそうなほど詰め込まれたカリキュラム
一度のつまずきが取り返しのつかない遅れに
子どもたちの多様性を無視する画一的な進行
こうした特徴のために、この非情な「教育列車」は、数多くの子どもたちを線路脇に取り残して走ります。
そして、取り残された子たちに選択肢は二つしかありません。
必死に走って列車に追いつこうとするか
あるいは「脱落」を受け入れるか
どちらにせよ、列車が待ってくれることはありません。
「多様な路線網」へ
では、どうすればこれらが解決に近づくのでしょうか。
答えはいたってシンプルです。「一本道」を解体し、「路線網」を築いていく以外にありません。列車の喩えで、このカリキュラムの複線化を考えてみましょう。
① 多線路システムの導入
列車の運行を複線化するように、生徒が自分に合った学びのペースを選べる環境を構築します。
メイン路線と並行する路線
学習の進行速度に合わせて、速いペースの路線(特急)やゆっくり進む路線(各停)を設けます。柔軟な乗り換えシステム
生徒が途中で進路を変更できるよう、異なる路線間で自由に行き来できる仕組みを整備します。
② 駅(学習ポイント)の機能強化
駅(学習ポイント)でのサポートを充実させ、生徒が確実に理解を深められるようにします。
停車時間の確保
各学習ポイントで十分な時間をとり、理解を確認するための補習や復習を実施します。待避線(補習)とサポートスタッフ
必要に応じて利用できる「待避線」(放課後学習支援など)を用意し、学習支援スタッフが生徒に寄り添います。
③ 運行システムの改革
従来の固定時刻表から、柔軟な運行ダイヤへの移行を目指します。
個別に対応したダイヤ作成
各生徒の学習進度に合わせて、個別の学習計画を設計します。オンデマンド運行
必要に応じて特別な列車(個別指導)を運行し、生徒の特定のニーズに応えます。
④ 乗客(生徒)サポートの充実
乗客が安心して旅を続けられるよう、サポート体制を強化します。
学習アドバイザーの配置
生徒一人ひとりにガイド役となるアドバイザーを配置します。デジタル教材での支援
自学自習を助けるデジタル教材を活用し、乗客の「旅」をスムーズにサポートします。重点的な指導
生徒がつまずきやすいポイントでは、必要なサポートを集中的に提供します。
⑤ インフラの整備
列車の運行を支える基盤を充実させ、教育環境を向上させます。
少人数制クラスの導入
各車両(クラス)を少人数にして、個別対応を強化します。教員の増員と研修
教育の質を高めるために教員を増員し、研修でスキルアップを図ります。ICT環境の整備
各車両にICTツールを導入し、生徒が効率的に学べる環境を整えます。
⑥ 多様な到達方法の認証
列車の路線が違っても、目的地に到達できるような柔軟性を持たせます。
異なる路線の認定
異なる学びのルートでも、最終的に同じ学習目標に達していれば認める仕組みを構築します。多様な評価基準
生徒の得意分野や興味を活かした学びを評価し、多様な成功を認めます。
ご覧になってわかるように、これらは、すでにこれまでに何度も様々な場面で提案されてきているものばかりです。言い換えれば、これらは「単線」の路線を「複線化」して、カリキュラムの「路線網」を構築する作業なわけです。
多岐にわたるものではありますが、これらに取り組まなければ、今後も、線路のわきに取り残される子どもたちが後を絶たないでしょう。
ただし、一つ付け加えるなら、実は、すでに線路わきに取り残された子どもたちを見えない列車として拾い続けているものがあります。それは、塾やフリースクールなどの民間業者です。上に提案した複線化の取組を見てください。その多くを、塾やフリースクールなどの民間業者が取り組んでいることに気づくはずです。本来、学校で提供されるはずのものを、民間業者が補完しているわけです。それは、逆に言えば、どんな子どもでも本来ならば、受けられるはずの「公共サービス」としての学校教育が、家庭の経済状況に大きく左右されてしまうことを意味します。*1*2
私たちの決断
19世紀末、シベリア鉄道は単線の軌道の果てで列車を燃やし続けました。その煙は、計画性を欠いた拙速な開発の象徴として、シベリアの空に漂っていたことでしょう。
今、日本の教育も同じように、行き止まりの軌道の上で、子どもたちの可能性を燃やし続けています。その煙は、塾の明かりとなって夜空に漂い、不登校の子どもたちの苦しみとなって社会に充満しています。
シベリア鉄道は、その後、複線化され、待避線を設け、近代的な運行システムを備えることで、ユーラシア大陸を結ぶ重要な交通網として生まれ変わりました。私たちの教育も、同じ進化を遂げる時が来ています。
もう、列車を燃やすのは終わりにしましょう。
すべての子どもたちが、自分のペースで、自分の道を進める。少し止まっても、十分にみんなに追いつくことができる。そんな教育の新しい路線網が、もうそろそろ敷設されてもよいはずです。
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*1民間業者に加えて、絶対に忘れてはならないのは、この公教育の機能不全を最も補完してきたのは「家庭」であり、特に「お母さん」たちであるということです。それは、現在も大きく変わっていません。親の会に参加して、涙を流しながら、わが子の状況を話すお母さんたちを何度も目にしてきましたし、今でも目にします。
*2OECDにおいて、日本は教育費全体に占める私費の割合が高いことが、このことを物語ってもいます。別の見方をすれば、日本においては各家庭が捻出している塾代などの教育費を、税によって賄い、その教育活動を公的サービスとして提供しているわけです。