終焉のヤン「第七話」
「馬来田 玲奈」
私の日本語名は「馬来田 玲奈(まくた れな)」という。
平成20年頃に交通事故に逢ったことを覚えている。
病室に寝かされて、動けないまま天井の模様だけを見ているような生活だったのだけれど、唯一の楽しみは夢を見ることだった。
夢の中では身体が自由に動くし、年齢もちょっと若返っていた。自分で言うのもあれだけど、けっこう美人さん(笑)。
そのうえ、夢を見るたび毎回その姿になって、夢の中の生活を送ることができて楽しかった。
身体を意識的に動かせるって幸せなことなのね。夢の中であっても。
夢の中の私は孤児院の出身、っていう設定のようで、施設長のおじさんがつけてくれた名前もあるんだけど、孤児院を出る時に名前を変えることを許されて、「まくた れな」って名乗ることにした。
でも、こっちの世界の訛りで、今では「マグダレナ」という呼び名が定着してしまった。
施設長の友人の、パビアンコフさんのお屋敷で働くことになっていたの。
夢の中での景色はほとんど孤児院の周辺だけだったから気づくのが遅くなったけど、どうやら中世のボヘミア王国っていうのが、私が夢の中で生きている国の名前らしい。
で、気がつくと夢から覚めることがなくなり、このボヘミア王国の世界での生活も8年経とうとしていた。
たぶん、寝たきりでいる日本の私は死んじゃったんだろうな。
だからここは死後の世界かもしれない。
けど、そのわりにはこの世界の人たちも普通に亡くなるし、死後の世界というよりは、私にとって第二の人生の舞台、って感じ。
パビアンコフ邸の仕事にも慣れて、アンナ夫人からの信頼も得て、お嬢様つきの侍従長にまで抜擢されて。第二の人生の方が充実している気がする。
日本の父さん母さんには少し申し訳なくも思うけど、玲奈はボヘミアの地で元気に生きていますよ!
……なんて余裕を持てていたのはさっきまで。
カテジナお嬢様がトラブルに巻き込まれたとかで、お屋敷が急に騒がしくなって。
このトラブルはもともと予定されていたもので、私もその計画を奥様から事前に知らされていた。
結婚を控えたお嬢様が襲われるという筋書きで、婚約相手の貴族にマウントをとるための、奥様の策略だった。
でもそれにしては、プラハから戻ってきたその日に計画を実行に移すなんて、さすがに早すぎると思った。
奥様から事情を聞いて、このトラブルは計画外の、ホンモノのトラブルだということが分かった時はマジでびっくりしたわ。
でも、さすがパビアンコフの女帝ね。
屋敷を飛び出したお嬢様をすぐに尾行させてわざと泳がせて、危険にさらされる寸前で救出するなんて……。それで「計画」のつじつまを合わせてしまうのだから、すごい判断力よ。
よく実の娘にそんなことができるものだわ、と、日本人の感覚のままの私だったらそう思うんだろうけど、ボヘミアやピルゼンで富を築くには、このぐらいの豪胆さがないとダメなのかもしれないわね、って、「マグダレナ」は納得している。
私も奥様を見習いたいものだわ。
何が起きても動じないような、強い女性に。
そう、何が起きても。
目の前の男の子が、いきなり日本語を話したとしても!
「あんた、中身は日本人?」
クールで美人なマグダレナさんで通していた私は、つい素を出してしまった。
(第七話 了)