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ファンファーレと朝焼け

あなたが眠りにつくころ、どこからともなくその楽隊はあらわれる。

彼らに名前はない。一列に並んで規則正しく歩く、クリスマスのオーナメントほどの大きさの7人組。それぞれがトランペット、ホルン、オーボエ、フルート、大太鼓、シンバル、そしていちばん後ろのひとりは誰も知らない鈴製の楽器を手にしている。

ドアノブを伝い、テーブルと椅子の脚を縫い、どこの国の音楽とも似ていない愉快な音楽を奏でて。いつの間にかあらわれた楽隊は、寝返りのリズムでゆっくりゆっくり部屋を練り歩く。

部屋の隅で眠る猫は、そのパレードに気づいている。知らんふりをしながら、その行方をこっそり片目で追っている。小さな楽隊は平然と、その目の前を行き過ぎる。口ずさみたいのに覚えられない、不思議なメロディを残して。

そして彼らのパレードは、ようやく最後に寝息を立てはじめたあなたの枕元へたどり着くのだ。

そのことに気づいている人はとても少ないけれど、彼らの仕事は、あなたの夢に伴奏をつけること。

悲しい夢には悲しい曲を、楽しい夢には楽しい曲を。枕元のスクリーンに映し出されたあなたの夢に合わせて、即興で音色をつける。そのために彼らはやってきたのだ。

音がなくては、夢はかさかさに乾いてなんの脈絡もなくて、思っているよりもずっとずっと不気味だ。ためしに夢の中で、耳を塞いでみればわかる。心の底から黒いシミが広がっていくような、誰とも分かち合うことのできない恐怖に、きっとつつまれる。

だから夢には、伴奏が必要なのだ。あなたが心から安らかな夜に落ちてゆくために、こうふくに満ちた朝を迎えるために、彼らは毎晩枕元で音楽を奏で続けるのだ。

起きているときに、彼らの音楽は決して聴けない。彼らの音楽は、夢の中以外、どこにも存在しない。何にも似ていない不思議な旋律と、誰も知らない鈴製の楽器の音色は、朝目が覚めたときにはもう、夢の中で聴いていたことさえ思い出せない。

それでもたしかに、夢の中だけで、鳴りつづける音楽のあるということ。

朝焼けが東の空を染めるころ、覚醒しかかるあなたの意識に素晴らしい1日のはじまりを告げるファンファーレを鳴らし、楽隊はまた、どこともなく去ってゆくのだ。


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楽隊のゆく枕元 夢にしか鳴らないファンファーレのあること

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みずき
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