ランドリーマシン
公園でひとりブランコに乗っていたら、真っ白なワンピースを着た見知らぬ女の子がやってきて隣に座った。
「もうすぐ雨が降るよ」
その子は、ブランコをぴくりとも動かさずに前を向いたままそう呟いた。
わたしに言ったのかひとりごとなのかわからなくて、曖昧にうなずく。たしかに空には雲が重く垂れこめていて、土と草のにおいが濃い。気温は涼しいけれどTシャツが肌にまとわりついて、雨の気配はひたひたとすぐそこにまで来ていた。
「雨を降らし終わったあとの雨雲がどうなるか知ってる?」
女の子は、湿気をものともしないつやつやの黒髪に天使の輪っかをたたえて、今度はちゃんとわたしの方を見てそう言った。
雨が止んだあとの雨雲のことなんて考えたこともなかった。
わたしはブランコを止めると、くしゃくしゃの犬みたいな赤毛を大きく横に振る。
すると女の子は、それを“話してもいい”の合図に受け取ったらしく、ぱあっと嬉しそうな笑顔になると次のようにしゃべりはじめた。
*
雨を降らしおわった雨雲はね、天界のクリーニング店に勤める天使たちが回収してまわるの。そのままずっと空に残ってたら、なんとなく気分もぱっとしないでしょ。だから急いで運ばなくちゃならないの。
これがね、けっこうな重労働なのよ。雲ってああ見えて、すごく重いの。たっぷり水分を含んでいるしね。
それをひとりでみっつもよっつもずるずる引きずって、クリーニング店まで運ぶわね。そしたら、ランドリーマシンにぜんぶぶち込むのよ。
あ、天国には雲専用の、それはもうおっきなランドリーマシンがあるんだけれどね。とにかくもう片っ端から、役目を終えた雨雲を入れていくわけ。
雨雲は水だけじゃなく、地上の、悲しい気持ちだとか怒りとか恐怖とか、そういう余分なものをたっぷり含んでいるから、どうしたって灰色く汚れているでしょ。天界特製の洗剤を入れてスタートボタンを押したランドリーマシンは、ゴウンゴウン大きな音を立てながら、その汚れをきれいに落としていくの。
次第にいいにおいがあたりに満ちるのよ。人はそれをお日様のにおいって呼ぶ。あたしはこのにおいが大好き。洗い上がるまでいっぱい深呼吸しちゃうんだ。
それで、梅雨が終わったら空いちめんに洗い上がった雲を干していくの。梅雨が明けるまでは洗ってもどうせすぐ汚れちゃうから、湿ったまんまで地上に戻すこともあるけどね。
ねえ、夏の雲ってふわっふわでしょう。
洗いたてのあれは雲なの。
ランドリーマシンから出したてのあったかい雲を、夏の青い空にひとつずつ干していくときがあたしはいちばん幸せね。
ずっとこのままならいいのにって思うわ。
神様は気まぐれでいじわるだから、その雲から雷を落としたりもするんだけれどね。
知ってた?知らなかったでしょう。
これが雨がやんだあとの雲の行方なのよ。
*
「ま、あたしも実は天界のクリーニング店に勤める天使なんだけれど」
そう言って背中に生えた小さな白い羽をふわふわと揺らしてみせる。
話を聞きながらそうだろうとは思った。
でもその羽は、限りなく姿形が似ていても、彼女が人ではない存在なんだということをはっきり思わせた。天使の輪っかみたいなキューティクルも、きっと天使の輪っかそのものなんだろう。
「そういうわけで今が一年のうちでいちばんの繁忙期なの。雨が降ったらまた仕事でしょ、誰かとおしゃべりしたくなっちゃって」
そういうと女の子は空を見上げる。
わたしもつられて空を見上げた、その鼻先にぽつりと雫が落ちる。
「やだ、仕事だわ。うふふ、聞いてくれてありがとう。それじゃあねー」
一方的な天使はわたしひとりをブランコに残すと、さっと空へと羽ばたいていった。
ぼんやりその後ろ姿を眺めているうちにポツリポツリと雨粒のリズムは速くなっていく。
傘くらい置いていってくれたらよかったのに。
心の中で悪態をつきながら、フードをレインコートの代わりにかぶって、わたしは家までの道を走った。
***
晴れた日は洗いざらしの雨雲を(白くなったね)ベランダに干す
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