しろくまのわたあめ屋さん
夏がきたから出稼ぎにいこう。
ある朝、もくもくと膨れ上がった入道雲を見て、しろくまはそう思いました。
しろくまのおうちは、氷でできた1DK。窓がなくても外の景色を見られるのがお気に入りでしたが、いかんせん夏は溶けてしまいます。
そうならないように、しろくまは夏のあいだ出稼ぎをして、いろんな人から氷を分けてもらうのです。
しろくまには、わたあめをつくる才能がありました。普通のとはちょっぴり違う、しろくま特製の。
だから入道雲が空にかかってセミの鳴き声が聞こえだす頃、大きな荷台に必要な荷物を乗っけて、移動式の夏限定わたあめ屋さんをオープンさせるのです。
看板には3つのメニュー。
プレーンと、ハニーと、ベリー(ただしハニーがあるかどうかはしろくま次第、つまみぐいしちゃうので)。
それぞれ氷5個と引き換えに頼むことができます。お客さんたちは思い思いの“氷5個”を持ってこのお店にやってきます。
「いらっしゃいませ」
しろくまが見晴らしの良い川辺に荷台を止めると、早速リスの親子が、ひとりひとつ氷を持ってやってきました。
末っ子の子リスには氷は大きくて、歩くあとからぽたぽたと滴がこぼれます。
「しろくまさんの荷台を見ると夏がきたなって気がするんです。ベリーのわたあめひとつくださいな」
リスのお母さんはそう言いました。
「ベリーね、どうも」
そう言うとしろくまはうんと体を伸ばして、右手に持ったつまようじに入道雲を絡めました。
そう、しろくまのわたあめは、入道雲からできているのです。
これは体が大きく、雲みたいな見た目のしろくまにしかできないこと。しろくまが手を伸ばすと、雲たちは仲間だと思って集まってくるのです。
器用にくるくると入道雲を巻きつけて小さなわたあめを5つつくり、ベリーシロップをかけるとリスの親子に手渡しました。
「ありがとう」
リスの親子はひとりひとつつまようじを手に、「おいしいね」と顔を見合わせながら歩いていきました。
「プレーンひとつ頼めるかな」
次にやってきたのはゾウでした。ゾウはしろくまのおなかほどもある大きな氷を5つ、背中に乗せていました。
「プレーンね、まいど」
しろくまは角材を両手で持って、ぐるんぐるんと入道雲に巻きつけました。
小さな木ほどのわたあめができあがると、何も付けずにゾウに手渡しました。入道雲はそのまま食べてもほんのり甘くておいしいのです。
「ありがとう」
ゾウは鼻でそれを受け取ると、嬉しそうに帰っていきました。
「ゾウにたくさん使っちゃったから、入道雲がなくなっちゃったな」
しろくまはすっからかんに晴れ渡った青空を見て、店じまいをはじめました。
「あのう、すみません」
荷物をまとめていると、うしろからか細い声。振り返ると、たらいにいっぱいの氷を載せた人間の男の子が立っていました。
「もうなくなっちゃいましたか」
男の子は目に涙を浮かべています。
「今日のところは……」
そう言いかけて、しろくまはふといいことを思いつきました。
割り箸を手に取ると、くるくると巻きつけたのは自分のおなか。すぐに、ほんものそっくりのふわふわした偽わたあめができあがりました。
「今日はもう入道雲がないから、代わりにこれをあげるよ」
しろくまはそれを男の子に差し出しました。男の子はきょとんとした顔でそれを受け取ります。
「それは食べられないけれど、今度空に入道雲が出ていたらそれをかざしてごらん。きっと雲とまちがえて、たくさん集まってくるから」
男の子の顔には、だんだん期待に満ちた笑顔が広がってゆきます。
「ありがとう!」
そう言って、たらいを置いたまま一目散に走っていきました。
しろくまは今度こそ店じまいの準備を進めながら、空に入道雲がかかるのをどこかで楽しみに待っている人がいることを、なんとなくうれしく思うのでした。
***
わたあめが入道雲でできているこれはテキヤの公然の秘密