ジャングルジムのてっぺんから
高台にある公園は、見晴らしがよく遊具の数も豊富で、わたしたちこの街の子どもにはとても人気の場所だった。
ブランコ、シーソー、すべり台、雲梯、鉄棒。
公園中に敷かれた芝生と合わせるように清潔な緑色で塗られたそれぞれの遊具は、いつでも子どもたちでいっぱいだった。
しかし、ジャングルジムだけは、あまり誰も近づこうとしなかった。
というより、誰も近づけなかった。
なぜならその頂上には、いつもひとりの少女が立っていたからだ。
いつ来てもその少女は、ジャングルジムのいちばん高いところにある手すりに手をかけ、爪先立ちで街を見下ろしていた。
その表情はぼんやりしているようにも、なにか特別な思索にふけっているようにも見えた。
はじめは他の子どもたちもジャングルジムで遊びたがっていたけれど、少女があまりにもそこを動かないので、次第にみんなあきらめてしまったようだった。
どうしてそこにいるのか誰も知らないまま、少女はずっとそこにいた。
わたしはなぜか、ずいぶん前から彼女が気になってしかたなかった。
歳は同い年くらいに見えるから、学区が違うのだろう。学校の帰りに公園のそばを通りかかるたびに、つい彼女がいないか目で追っていた。そして彼女がやっぱりそこにいると、安心とも不安ともつかない不思議な気持ちにかられるのだった。
そんな、ある雨の帰り道のことだった。
下校中にいつものように公園のそばを通りかかると、案の定彼女はジャングルジムの上にいた。
彼女のほかに、公園には誰もいない。少女はビニール傘をさして、いつもと同じようにひとりで高台から街を見下ろしていた。
なんとなく、今日なら声をかけられそうだと思った。そう思った途端に体は、「それをずっと待っていた」とでも言うように颯爽と動き出す。
「なにしてるの」
ジャングルジムの麓から声をかけると、彼女はわたしの方を見下ろしもせずに
「世界の平和を守ってるの」
とぶっきらぼうに答えた。
思いもよらない答えだった。ジャングルジムのてっぺんにつま先立ちで立ち続けることと、世界の平和は、どうにもわたしの中で結びつかなかった。
「どういうこと?」
少女は今度はわたしの方を見下ろすと、黙って手招きした。
「そこに行ってもいいの?」
と尋ねると、小さくうなずく。
わたしはなんだか秘密基地の仲間入りをしたような気持ちになって、濡れるのもかまわずにランドセルを地面に置くと、彼女の隣までのぼった。
高台に建つこの公園の中でもいちばん高い場所。そこからは、坂の多いこの街の屋根という屋根が小さく見えた。
晴れていたらきっとすごくきれいなんだろうな、と思った。
「ここからなら、世界のぜんぶが見えるでしょ」
じっと景色を眺めながら、唐突に少女が口を開く。
「世界のぜんぶ?」
「だってこんなに高くて、あんなに遠くまで見えるんだもん」
たしかに、ここからは途方もなく遠くまで見える。霧のように煙る雨が空との境目をあいまいにしている。
「じゃあ。あの辺が世界のはしっこってこと?」
「うん、たぶん」
彼女は相変わらず、ぼんやりととらえどころのない表情をしている。けれどその口調には、力がこもっていた。
「あたしはここから、世界のぜんぶを見守ってるのよ」
なるほど、とわたしはあらためて景色を見て深く息をつく。
「あの辺はどこの国なの」
「多分イタリアとか」
「あの辺は?」
「ブラジルだね」
たしかに到底たどり着けそうにないほど遠く見える。
「そっか、ここから世界のぜんぶを見てるのか」
「けんかも、かなしいことも、誰にも起きてほしくないの。あたしがここから見守ってるの。なにかあったらすぐに駆けつけられるように」
ここから、どれほどのけんかやかなしいことを見てきたのだろう。
こんな広い世界のことを知らないわたしは、彼女の言葉にわかったふりをしてはいけない気がして、ただ一度だけうなずいた。
名前も知らない少女とふたり、雨のジャングルジムから世界のぜんぶを見下ろしている。
「うん、それはすごく素敵なことだと思うよ」
***
「ここからは世界のぜんぶが見えるの」とジャングルジムにつま先立ちで
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