あたしのお城
秘密基地とか、鍵のついた宝箱とか、そもそもそういうのが好きだった。
誰にも内緒の、あたしだけの世界。
みんなの前では普通の小学生を演じながら、お道具箱の奥には、通学路でひろった綺麗な石とか、半透明なビーズのついたブレスレットとか、小指くらいの大きさのビニールの赤い靴とかを、誰にも見つからないように隠している。
これにはじつは魔法の力が宿っていて、いつかかならず何かが起こる。とつぜんビーズが光り出して空を飛んだり別世界にワープする力が身についたり、この小さな靴の落とし主(他の人には見えない)が不意に現れて、「世界を救えるのはあなたしかいないの」と言われたり。
今はまだ、何も起こってないけど。それでもこれは特別な力を秘めた、あたしだけの宝物たちなのだ。
そして今日、あたしは新しい宝物を手に入れた。
それは、白いえんぴつけずりだった。
レバーをがりがり回して下の透明なケースに削りかすを落としていくやつ。古めかしい刻印が施されているわけでも、宝石みたいな立体のシールが貼られているわけでもなく、至ってシンプルなデザイン。文房具屋の棚の隅っこに、しけった段ボールに半分入ったままの状態で置いてあった。
でもそれを見たとき、あたしはすぐにピンときた。「出会ってしまった」と思った。
棚の前の方には、キャラクターの絵がついたかわいいのもたくさん並んでいたけれど、誰にも気づかれないようにそっと隅の方で埃をかぶっているこのえんぴつけずりには、「何か」があると確信した。
「これ、ください」
「あいよ。今箱から出してないの持ってきてあげるからね」
おばさんとおばあさんのちょうど中間くらいの店主はそう言うと、レジカウンターの後ろにある倉庫の扉を開けようとした。
「あ、いえ、これがいいんです」
とっさに引き留めたけれど、どうしてと聞かれたら答えるのが難しいなと思った。けれど店主はしばらくじっとあたしの目を見て、それからニヤリと笑うと
「なるほどね」
と言った。
お小遣いで買うには思い切った買い物だったけれど、後悔はなかった。店主は丁寧に梱包しおわると、渡すときに
「使う前に一晩、枕元に置いて眠るといいよ」
と意味深な言葉を呟いてもう一度笑った。
「夢なら簡単だからね」
それはまるで物語のはじまりを告げる魔女の予言のようだった。
あたしはその言葉どおりにした。パジャマ姿でえんぴつけずりをうっとりと眺めるあたしをお兄ちゃんはばかにしたけれど、「他の人にはわからない」ことが余計あたしをうっとりさせた。
その夜は夢を見た。
夢の中でえんぴつけずりは、ほんものよりもずっとずっと大きかった。あるいはあたしがうんと小さくなったのかもしれなかった。それはさながら真っ白なお城みたいで、実際お城のように門や窓がついていた。
あたしは削りかすがフリルになっているドレスを着ていて、えんぴつの芯のティアラをつけていた。
このお城の、あたしはお姫さまなのだった。
門から入ると、中にはあたしの宝物たちが並んでいた。
綺麗な石はオーロラ色の光を放って、その上空に宇宙船が停泊している。
半透明のビーズのついたブレスレットはばらばらに散らばって、スーパーボールのように壁や床や天井に跳ね返り、その都度色を変えた。
そして小さな赤い靴は、今やあたしの靴として、履いてもらうその時を厳かに待っていた。
レンジで固めた四葉のクローバー、かわいい魚の模様のついた空き缶、白い鳥の羽、ほかにもたくさんの宝物たちが、本来のあるべき姿でそこにいた。
すべてがあたしの信じていた特別なできごとだった。
そして、お城の奥、玉座の手前には濃紺のローブを身に纏った老婆が立っていた。
彼女は真珠のついた魔法の杖を手にあたしを穏やかに見つめている。
近づいてみると、魔法使いの正体は文房具屋の店主なのだった。ただ、文房具屋で会うときよりもずいぶんおばあさんに見える。
「夢なら、簡単なのさ」
えんぴつけずりをもらうときにも言っていた言葉を、魔法使いはもう一度繰り返した。
「文房具屋にいるわたしも、今ここにいるわたしも、どちらも本物。小学生のあなたも、この国の王女であるあなたも、どちらも本物。ただ、夢の方がほんの少しだけ、いろんなことが簡単だからね」
そして玉座を指し示すと、うやうやしく腰を下げて
「さあ、王女様、ぜひここへ」
と言った。
あたしは一度うなずくと、まるで生まれたときからそうだったみたいに自然に、あたしのお城のあたしの居場所へと歩みを進めた。
***
お城みたい、あたしのお城、新品のえんぴつけずりを抱きしめ眠る
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