モノポリー
どこにも行けなかったあの夏に、ぼくたちはただモノポリーをしていた。
コーラはとっくに気が抜けて、溶けた氷で味も薄くなっている。蝉の声が体内に直接響いて、汗をわきあがらせる。
クーラーの効かない四畳半の部屋では、どんなに大量の札束でさえ扇風機ほどのありがたみもない。
それでもぼくたちは、狂ったようにモノポリーばっかりしていた。
ふとそんな、遠い日の記憶を思い出す。体中に蝉の泣き声を浴びながら。
なぜそんなに熱中していたのか、その理由はもはや、よく思い出せない。思い出せないというよりも、たぶん当時の自分もよくわかっていなかった。
楽しいからといえばそれはそうなのかもしれないけれど、何かもっと、使命に突き動かされるような感覚で、ぼくたちは賽を転がしていた。
あの夏たしかに、四畳半が世界のすべてだった。
ギラギラと燃える太陽の色も焦げたとうもろこしのにおいも花火の打ちあがる音も、ぼくたちには存在しなかった。
その“存在しない”、ということを分かち合っている、ということが大事だったのかもしれない。カラフルな札束と端のふやけたボードの上に立つ高層ビルだけが、ぼくたちの間に“存在する”唯一の秩序だということも。
まあ、本当にそんなことを思っていたのかは、定かではないけれど。
ぬるいコーラを飲み干して立ち上がる。あれから何年も経ったけれど、やっぱり気の抜けたコーラはおいしくないし、蝉の声はうるさい。でもそれは誰にも見せたくない宝物のようなあの夏の記憶と今が地続きであることの証であるような気がして、少しだけほっとする。
今、ぼくの夏には、とうもろこしのにおいも花火の音も、たしかな太陽の熱も存在している。
だけど同時に、世界の大富豪だったあの瞬間も存在している。
存在するものもしないものも、ぼくの中では同じように存在している。
いろんな境目が脳みその奥でどんどん溶けてにじんでいく。
どうでもよくなる。どっちでもよくなる。
みょうにハイな心地で、ぼくはぼくだけの夏を歩いていくのだ。
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モノポリー ミリオンダラーの札束をあおぐ四畳半のひと夏
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