魔法少女の放課後
普通の女の子がある日突然魔法少女になるケースもあるけれど、魔法少女が普通に暮らしているケースももちろんあって、わたしは後者だ。
入学式のあとのホームルームで魔法少女だと自己紹介すると、怪訝な顔をする人と、そうだよねと訳知り風にうなずく顔がちょうど半分くらい。それはちょうど、同じ小学校だった生徒とそうじゃない生徒の比率だった。
「ねえねえ、魔法使ってみてよ」
「小さい動物とか肩に乗せてないの?」
「世界を救えるなんてすごい!」
休み時間になると違う小学校出身の子たちが興奮気味に集まってきたけれど、この興味がだいたい夏まで持たないことをなんとなくわたしは経験からわかっている。
給食を食べるのが速いとか、体がすごくやわらかいとか、魔法を使えるというのはそういうことと同じ類のひとつの特徴にすぎないのだ。
特にわたしの場合、変身したり、ほうきに乗って空を飛んだり、おともの動物がいたりとかそういうキャッチーさがないこともあって、ゴールデンウィークを迎える前にはもう、1年2組のいち生徒として平穏になじんでいた。
「いっしょに帰ろ、マリコ」
大型連休前日、ホームルームが終わると小学校から一緒で仲のよい遠野真帆がわたしのところへやってきた。
「あ、ごめん、今日ちょっといい枝拾ったから、ちょっと屋上行こうと思って」
「そっか。じゃあわたしもついてく」
「いいよ」
わたしは先端に綻びはじめた花のつぼみのいくつかついた30cm程度の枝を持って階段をのぼる。後から遠野真帆がついてくる。
屋上の扉を目の前にするときだけ、わたしはいつもほんのちょっと、魔法少女でよかったなと思う。他の生徒は入ることのできない屋上に通じる鍵を、わたしは特別に先生から借りているのだ。
ポケットから取り出した重みのある銅製の鍵をながめる。わたしの使える魔法よりもこの古びた鍵の方が、よっぽど魔力がこもっているような気がする。
ガチャリと扉を開けると、気持ちのいい青空が目の前に開けた。
「よし、さっさとやって31行こう」
わたしはのびをすると、さっき拾った枝で屋上の床に魔法陣を描きはじめた。小さな頃から教わってきたから、慣れたもんである。
枝が触れた地面は光を放って、魔法陣の形がくっきりと浮かび上がる。できた円のまんなかに枝をおいて呪文を唱える。
「ポルチーニノペペロンチーノ」
すると魔法陣から浮かび上がる光がより一層強くなり、天に向かってぐんと伸びる。その光の柱に吸い寄せられるようにいろんな方面から大きな雫のようなかたまりが飛んできて光の中に溶けていく。
はじめて祖母に魔法を見せてもらったとき、この雫はいろんな人たちの悲しみのかたまりで、それを集めて空に送ることで雨になって循環する仕組みだと教わった。
心の中のコップにひたひたになってこぼれそうな悲しみは、定期的に回収して空に返してあげることで自然界のバランスが整う、らしい。
「いつも思うけど地味な魔法だよね」
「そうだね、気づかれないし」
ほんのちょっとずつ軽くなった気持ちの分、空からは雨粒が落ちてきて、草花や土を潤す。いい魔法だなとは思うけれど、真帆の言うように、ほんとうに地味だ。
「さ、雨降る前に退散しよ」
「ポッピングシャワー食べたい」
「いいね」
屋上の扉に鍵をかけて先生に返し、わたしたちは街にくり出す。
晴れていた空は見る見るうちに陰りゆき、やがてポッピングシャワーみたいな雨が降り出す。他愛のない話を真帆としながら、自分とは無関係のような気持ちでわたしは窓の外を眺めていた。
***
屋上で魔法陣をつくるのにあつらえ向きの枝を拾った
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