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飴色製作所

どこかで涙の落ちる音が聞こえたら、すぐさまわれわれ飴色製作所の出動だ。

飴色製作所の職人たちはみんな訓練されているから、ぽたりと落ちる雫の音で、それがどんな涙なのかわかる。

嬉しい音のときは気分良くスキップで向かうし、悲しい音なら一も二もなくとにかくすぐに駆けつける。
今聞こえたのは悲しい音だったから、ぼくはすぐさまありったけの絵の具をつかんで、その音のした方へ走った。

とはいえ、わずか2cm足らずの体だ、そうすぐにはたどり着けない。それでも全速力で走るうちに、どうにか涙の主のいる部屋にたどり着いた。

涙の主は男の子だった。ベッドの上で膝を抱えて俯いている。その両目からはすきとおった大粒の涙が絶え間なくこぼれている。

うん、とてもいい涙だ。

ぼくはしばし仕事のことを忘れてその形や大きさに見惚れる。そしてはっと我に返ると、彼に気づかれないように仕事道具を手に窓際からそっと近づいた。

ぼくら飴色製作所のポリシーとして、涙の主には決して気づかれてはいけないというのがある。

彼の場合がわかりやすい。おそらく泣いている姿を誰にも見られたくなくて、一人きりになれる場所までぐっと堪えてきたのだろう。

それは、どんなに痛くても、じっと悲しみを味わう時間。余計な感情が生まれるきっかけをつくってしまってはプロ失格なのだ。

大切なのは、涙の理由と向き合うこと、そして、最後はきちんと前を向くこと。

ぼくらがこっそりお手伝いするのはこの、きちんと前を向く、という部分。

気づかれないように彼の近くまで行くと、ぼくは涙の雫をよく観察して、色を決める。

うむ、黄色だな。

そう決めるとすばやく絵筆を取り、そっと涙に黄色を塗っていく。

だいたいなぜ神様は涙の色を透明にしたのだろう。透明はどんな気持ちも吸い込んでしまう。暗く濃い悲しみの色はすぐに涙に吸い込まれ、雫の落ちたところからどんどんシミをつくってしまう。それは目には見えないけれど、ずっとあとまで残ってしまうのだ。

そうなる前に、涙に別の色を塗るのがぼくたち飴色製作所の仕事。

どんなに悲しみに飲みこまれても、最後はちゃんと前を向けるように。その人にあったしあわせな色を丁寧に丁寧に塗っていく。

嬉しい涙のときには、もっと跳ね上がるような色を。悔し涙なら、自分をぎゅっと抱きしめたくなるような色を。

涙が出るってことは、何か自分の手に追えないことが起きたってことだ。だからせめて、ちゃんと乗り越えた先にある景色はその前よりもずっと綺麗な色であるように。

そう思いながら一心不乱に色を塗っていると、少年のお腹の音が聞こえた。

一瞬身を固くして、それから鼻をすすって顔をあげると、ちょうど同じタイミングで

「ご飯できたよ」

と部屋の向こうから彼を呼ぶ声がした。

「うん、今いく」

少年は鏡の前に立ち、涙のあとを拭って笑顔をつくる。そして大きく息を吸って吐くと、何事もなかったかのような足取りで部屋を出て行った。

彼の通った道には黄色い足跡が残ったように、ぼくには見えた。


***

涙には色がないから悲しみが染みこまないよう色を塗るのよ

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