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ISO9001の本質的理解へのガイド第4回

ISO9001の箇条構成との実業務~TQMで考える~

 
ISO9001の内部監査およびQMSのCPDコースのセミナー、QMS/EMS/OHSMSの審査員、ISO認証取得のコンサルタントとしている舩石篤史と申します。今回、私がこれまでに行った各種セミナーおよび審査経験、ならびに45歳までに業務で得られた知見からたどり着いたISO9001の本質的な理解についてのお伝えさせていただきたく、このガイドを作成し、公開することにいたしました。

 本連載は個人の方に限り、無料でご閲覧いただけます。ただし、法人における教材等への引用・活用については無断での使用を固く禁じております。法人での使用をご希望の場合は、下記の連絡先までお問い合わせいただきますようお願い申し上げます。

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 ISO 9001は第2回で示したような変遷を経てきましたが、その中でも2008年版から2015年版への変更については注目する点として、他のMSシステムとの統合を鑑みられている点が非常に大きい点となります。

ISO 9001:2008の箇条の構成は以下のようになっています。
1.適用範囲 (Scope)
2.引用規格 (Normative References)
3.用語と定義 (Terms and Definitions)
4.品質マネジメントシステム (Quality Management System)
5.経営責任 (Management Responsibility)
6.資源の運用管理 (Resource Management)
7.製品実現 (Product Realization)
8.測定、分析および改善 (Measurement, Analysis and Improvement)

ISO 9001:2015の箇条の構成は以下のように変わりました。
1.適用範囲 (Scope)
2.引用規格 (Normative References)
3.用語と定義 (Terms and Definitions)
4.組織の状況 (Context of the Organization)
5.リーダーシップ (Leadership)
6.計画 (Planning)
7.支援 (Support)
8.運用 (Operation)
9.パフォーマンス評価 (Performance Evaluation)
10.改善 (Improvement)

 このような箇条の構成の変更は附属書SLによるものです。附属書SL(Annex SL)は、ISO(国際標準化機構)の管理システム規格に共通の高位構造を提供するために導入された枠組みです。現在ではHLS(High-Level Structure: 高位構造)と呼ばれています。この変更は、管理システム規格を統一的かつ一貫性を持って適用できるようにするために行われました。
ISO管理システム規格は、それぞれの目的に応じて様々な分野に対応しています。たとえば、品質マネジメントシステム(ISO 9001)や環境マネジメントシステム(ISO 14001)、労働安全衛生マネジメントシステム(ISO 45001)などです。これらの規格間で共通の構造や用語を採用することで、複数の規格を組織が導入する際の負担を軽減し、統合しやすくするために、附属書SLが策定されました。
 附属書SL(HLS)の主な特徴は「統一された章構成」「共通用語の使用」「統合管理システムの支援」「リスクベースのアプローチ」となります。
この中で「統合管理システムの支援」について説明をします。ISOのマネジメントシステム規格にはISO 9001、ISO 14001、ISO 45001といろいろとあります。それぞれ、品質、環境、労働安全衛生のマネジメントシステム規格(以下MS規格)ですが、それぞれが独立している訳ではありません。全ては、「経営」という大きなマネジメントを構築する一部に「品質」「環境」「労働安全衛生」があり、これらの歯車が噛み合い複雑に動くことによって、「経営」が行われています。つまり、ISO 9001、ISO 14001、ISO 45001は経営の中の一部分を抽出したものであり、ISO 9001、ISO 14001、ISO 45001は経営を行う一部分のフレームワーク(骨格)です。フレームワークである理由は、ISOであるため種々の業種に適用できるように汎用性を持たせているためです。そのため、ISOのMS規格の要求事項には「What」は書かれていますが、「How to」は書かれていません。
 「What」は骨格でありますが、それだけだとただの骨格標本です。そこに「How to」である肉、脂肪、皮膚、髪の毛を加えることで肉体となります。   この肉体が、国家、企業、個人とあり、個性となります。
 ISOのMS規格は定期的に改訂が行われていますが、これは時代に応じた進化(改善)が行われています。つまり、時代の変化に応じて骨格も変化し続けています。もちろん、「How to」についても変化に応じて変化し続けることが必要です(例:IT革命、AI革命)。ただし、改定が行われたあとからそれに追従するのは遅すぎることを覚えておくべきです。

 さて、HLSによって箇条が統一され、統合がされやすくなったISOのMS規格ですが、「経営」に「MS規格」を適用させるためにはどのように考えていくべきでしょうか?ISO 9001を基にすれば、次のフロー図のように考えられます。

 これはISO 9001の箇条を経営の流れに即したものとなります。経営の流れに対して7つの原則、プロセスアプローチ、PDCAサイクル、リスクに基づく考え方を反映させたものがISO 9001と考えるのが本質的な考えとなります。
さて、この箇条の流れをもう少し詳しく説明すると下記のフロー図にて示すことができます。

 私は経営者にはなったことはありませんが、投資家として会社を見ています。その際に投資に関する情報、各種IRを見て分析をしている間に、自身の投資活動もこのフローに沿って行っていることに気づきました。では、投資家として私が各箇条でどのようなことをしているのかをお話します。

箇条4:世の中の流れ、トレンド、技術動向、人口動態等を見て、その会社が置かれている状況ならびに先行きを見ています。

箇条5:投資で利益を出す方向性を決めます。これは自分が将来どのような生活を送りたいのか、また、自分自身の適性に沿った投資方法を決定します。

箇条6:投資計画を立案します。この時、戦略目標とマイルストーンを決めるとともに、どのような状態にすることをゴール地点にするのかを明確にします。

箇条7:過去における経済的なアノマリー、情報を仕入れるための情報源、パフォーマンス評価をするためのアプリケーション等々を用意します。

箇条8:箇条6で決めた計画に従い、適切な時期に適切な方法にて投資活動を行います。

箇条9:投資結果が出たらそのパフォーマンス(利益、損失)を確認し、そのパフォーマンスが得られた理由を分析、評価します。これは利益が出たときも損失が出た時も同じです。なぜその結果に至ったのかを振り返りをします。

箇条10:箇条9で得られた振り返りから、さらに投資成績を上げるためのブラッシュアップを行います。これは箇条6に対してが主ですが、全箇条にも反映されます。

 重要なのは箇条4~箇条10までがプロセスアプローチでつながっており、このつながり全体を良くするために各箇条に対しPDCAサイクルを使いリスクに基づいた考え方に基づいて確実に利益が得られるように改善をしています。この活動がTQMと考えています。

 TQM(Total Quality Management:総合的品質管理)は、全社的な品質管理活動を意味し、すべての従業員が参加し、組織の全体として品質を向上させるためのアプローチです。TQMの基本的な目標は、顧客満足を達成するために、組織内のすべてのプロセスを継続的に改善し、組織の全員が一体となって取り組むことです。私は個人事業主で個人投資家なので私一人が組織全体となります。しかし、会社の場合はそれぞれの箇条において担当する部署があり、役割分担をしています。部門が異なっているが上にプロセスがつながっているかどうかが重要であり、各部門の業務精度を上げるにもこのプロセスに即した改善がされることが重要になってきます。このように会社の規模が大きくなるほど、TQMは難しくなりますが、TQMを行わなければ会社が機能をしなくなることになります。そのため、TQMについては組織構造や組織の大きさによって難易度と適用度合いが変わることになります。

 と、難しく書きましたが、これを上記のフロー図を用いて、電気自動車(EV)を例にとってフロー図を書き換えてみましょう。

 この原稿執筆時において、EVの販売はピークを超えて落ち込み始めています。箇条9に書かれているEVの側面が明らかになり、一般に流通しない状態です。ただ、当初は売れました。Teslaの躍進がそれを象徴しています。なぜ売れたのかといえば、先進的顧客(環境意識の高い層や技術志向の高い層、富裕層が多い)であるearly adopter(初期採用者)の購入と、国家の極めて分厚い補助金や法制度が影響しました。国家の分厚い補助金についてはEUならびに中国にて行われています。しかし、EVが社会的制限・経済的制限の許容範囲を超えているため、アーリーマジョリティ(前期追随者)移行の購入には至れていない、というのが現実と考えられます。
 これらの課題解決には、抜本的な充電池の改善が必要であり、その一つとして全固体電池の開発が進められているのが現状です。ただし、全固体電池が登場しても価格面や量産性については現時点では不透明です。なので、TOYOTAのHV車が世界的に売れ、イギリスでは道幅が狭いこともあって軽自動車が売れています。

 さて、EVは当初の予測に反して種々の課題が出てきており、各国の政策にまで影響を与えています。経営の側面からみれば現時点では失敗したと思っています。ではなぜ失敗したのでしょうか?
 ISO 9001では失敗することを不適合とは言いません。適合性および有効性の観点からマネジメントシステムが動いていない時が不適合となります。では、EVはマネジメントシステムのどこが動いていなかったと考えられるでしょうか?

 ISO 9001において問題として取り上げられやすいのは箇条8の運用です。営業部であれば売上や顧客訪問数、設計開発や製造部であれば精度や歩留まりが求められます。しかし、EVの失敗については箇条8だけで説明できるでしょうか。私は説明できないません。もっと根本的なところに課題があるからです。

 ライバルであるTOYOTAへの対抗、それに環境配慮義務が加わることによる脱石油・石炭の流れがありました。そこで各国はICE車(内燃機関車)の規制を行いました。その方針を受け各社のトップは脱ICE車への方針を出し、EV車へのシフトを計画しました。根本的な問題はここにあったはずです。
 
 箇条6.1 リスク及び機会への取組みには下記のように書かれています。

6.1 リスク及び機会への取組み
6.1.1 品質マネジメントシステムの計画を策定するとき,組織は,4.1 に規定する課題及び4.2 に規定する要求事項を考慮し,次の事項のために取り組む必要があるリスク及び機会を決定しなければならない。
a) 品質マネジメントシステムが,その意図した結果を達成できるという確信を与える。
b) 望ましい影響を増大する。
c) 望ましくない影響を防止又は低減する。
d) 改善を達成する。
6.1.2 組織は,次の事項を計画しなければならない。
a) 上記によって決定したリスク及び機会への取組み
b) 次の事項を行う方法

  1. その取組みの品質マネジメントシステムプロセスへの統合及び実施(4.4 参照)

  2. その取組みの有効性の評価
    リスク及び機会への取組みは,製品及びサービスの適合への潜在的な影響と見合ったものでなければならない。

(JIS Q 9001:2015引用)

 機会とはOpportunityであり、Chanceではありません。この2つの英単語は明確に異なります。Opportunity は、特に計画や努力によって得られた、成功や成長につながる「好機」を意味します。何かを達成するための良いタイミングや条件を示すことが多いです。Chance は、偶然や運に左右される「棚からぼた餅」を指し、予期せずに訪れる機会を意味する場合が多いです。簡単に言えば、"Opportunity" は努力が関連し、"Chance" は偶然が強調されます。
 つまり、ISO 9001では機会は努力によって掴み取れとなります。そしてリスクは不確かさを意味します。合わせて考えれば「努力によって好機を確実に掴むために不確かさを減らす計画をする」と考えるのが本質でしょう。

 さて、その場合に、EVは「努力によって好機を確実に掴むために不確かさを減らす計画をする」ことができていたでしょうか。結果から見ればできていなかった、となります。特にリスクの盛り込みが不足していたと言わざる得ないでしょう。これにはいろいろな理由が含まれますが、一つには箇条4.2の利害関係者の中に、環境代替と国家規制は入っていますが、肝心要のエンドユーザーが入ってません。EVを使うにおいて彼らの要求事項を満たしていなかったことが、EVの販売不振の一つの理由であるでしょう。

 このようなことは往々と起きており、失敗を繰り返して前進をするのが人間の歴史です。ただ、この失敗に至る共通点は下記の制限を超えているためと考えています。
 ・社会的制限
 ・経済的制限
 ・生物学的制限

 EVにおいては社会的制限と経済的制限を超えるものであるためであるため普及しませんでした。そして今の日本の医療については、寿命が科学技術の進歩に伴い生物学的制限を超えた延命治療が行われていますが、これを支える社会的・経済的側面は限界を迎えています。つまり、これらの制限を超えたマネジメントシステムは維持継続不可になります。その場合に取られる手段は歴史が証明しており、古いマネジメントシステムを捨てて新しいものに乗り換えることです。日本の場合は、幕府の交代があげられます。共産主義であったソ連は崩壊しロシアになりました。

 つまり、この箇条の流れ、マネジメントシステム全体を上げていかないと顧客満足の獲得=利益の獲得に至ることはなく、それは種々の制限を超えない無理がないものでならないと継続することができません。これが経営的な視点でもあり、TQMの視点でもあるはずです。

 TQM(Total Quality Management)の歴史は、20世紀初頭の品質管理技術から始まります。アメリカでの品質管理は、特に戦後のデミングやジュランによる影響が大きく、これらの思想が日本に伝わり、1950年代に日本企業で広く採用されました。日本では、全員参加の品質管理が発展し、企業全体での改善が行われました。1980年代以降、TQMは世界中に広がり、単なる製品の品質向上だけでなく、組織全体の持続可能な成長を目指す包括的な経営戦略となります。ただ、これはISO 9001に含まれています。

 逆に、TQMからISO 9001に変遷の過程で、各箇条の要求事項を守ることを主眼とし、TQMが機能していない組織になっていないでしょうか。現在、日本各地で品質不正問題が頻発していますが、それらの発端となった年代が重なっているため、私はISO 9001の取得による副作用がでているのでは?との考えを抱いています。

 ただ、それはISO 9001の本質とは違うはずです。ISO 9001にはきちんとTQMの考えが含まれています。その観点でISO 9001を活用することに戻ることが、これから必要になることだと考えています。

以上

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