フィルターバブルとラプラスの悪魔
フィルターバブルとラプラスの悪魔。
2つの単語を知る人は、何の関係も見いだせないと思う。
そして、その感覚は正しい。
何故なら、先ほど私が結び付けた、生まれたてのカップルだからだ。
フィルターバブルと、ラプラスの悪魔。いかにも、RPGにて登場しそうな名前である。そんな肌感とは裏腹に、両者は全く異なる文脈にて用いられる言葉である。
本記事では、SNSによって"ヒトとヒト"、"ヒトと情報"がつながる現代に潜む、ちょっとした危険を露わにしたい。まずは、両単語の意味から確認する。
フィルターバブルとは
フィルターバブルは、インターネットと情報の対称性、そしてリコメンドが当たり前になった現代において表出した概念である。
フィルターバブル/Filter Bubble
"推薦システムの発展にともない、利用者は自身の好みに合う情報を高い精度で取得できるようになる一方で、利用者は自身の好みに合わない情報や興味のない情報に触れる機会が低下している"ような状況
(引用: 片岡ら (2015), フィルターバブルを気づかせるシステムの提案, 人工知能学会全国大会論文集, 第29回全国大会(2015), セッションID: 1H2-1.)
ここでの推奨システムとは、GoogleやAmazonなどのサーヴィスを利用時に、あなたの行動データを基に提示する情報を取捨選択するシステムである。行動データとは、検索履歴や購買履歴が該当する。
つまり、ITの発展に伴い、あなたは"あなた好みの情報"に以前にも増して簡単にリーチできるようになった一方、"あなたにとって関心のない:好みに合わない情報"に対してはリーチしずらくなったといえる。
今までのあなたが形作ってきた泡の中で、これからのあなたは行動していく。そんな状態が、フィルターバブルである。
ラプラスの悪魔とは
続いて、ラプラスの悪魔について。こちらは、力学(物理学の領域の1つ)において登場する、思考実験においての仮想的存在を指す言葉。
ラプラスの悪魔 / Laplace's demon
ある瞬間におけるすべての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつ、もしもそれらのデータを解析できるだけの能力を有する知性
(野村総研 金融ITイノベーション研究部, 2013)
何やら固い言葉が色々と出てくる。
捕捉を交えながら、ラプラスの悪魔を開設する。
今から150年ほど前。物体の運動はアイザック・ニュートンの打ち立てた力学が物理学の常識であった。すなわち、全ての物体の運動は"運動方程式"によって記述される、という常識である。つまり、物体の重さと、その物体にかかる力を知れば、物体の運動を数学的に解析できることを意味する。
少しかみ砕くと、こういうことである。
モノの状態が分かれば、モノがこれからどのようにして動くか分かる。
= モノのこれからの動きを、モノの今の状態から理解できる。
これが一体何を意味するのか。それは、この世界に存在するすべての物体の状態 (質量と力) を把握できる仮想的な存在がいたとすれば、計算によって未来の世界を導き出せるという帰結が得られることである。
スーパーコンピューターをクリリンだとすると、ブロリーのような計算機があったとする。さらに、全世界の物体の動きを一瞬だけ把握できたとすれば、ラプラスの悪魔は関係する。未来は現在のものになるのである。
これがラプラスの悪魔の概略だ。因みに、この悪魔は量子力学の勃興と共にどこかへ消えてしまった。
没個性的なヒトの誕生
十人十色。そんな言葉があるように、あなたとあなたの目の前のヒトは、どこか必ず違っている。ヒトが形作られる上で必要な(時には不必要な)情報は、すべてDNAに記されている。
約30億個の箱に4つの可能性、すなわちアデニン・グアニン・シトシン・チミンが宿る。膨大な変数に思いを馳せると、"多様性"という言葉で括るには少々乱暴な気がする。
ここまでの、ヒトとヒトの違いは、"ハードウェア"の違いといえる。ヒトを形作るゲノムの多くは、生涯を通して保存されるから。一方、"体験"や"経験"、"教育"によるヒトの多様性は、"ソフトウェア"の違いといえよう。
本質的に、我々は互いに異なる存在である。
ここで少し、疑問を提起する。
・何故多くのヒトが、同じような商品に魅力を感じるのか
・何故多くのヒトが、同じような学びを受け、社会へ出ていくのか
・何故多くのヒトが、"ヒトと違うことがしたい"と言いつつ、結局はマジョリティに帰してしまうのか。
この疑問に対する答えは、やっぱり"十人十色"であろう。
私は、この疑問に対する回答として、"バブルとデーモン"を用意した。
スマホの普及率は、今や高校生で97%となっている。
(令和元年度 内閣府調査より, 2020年のデータを参照)
だれもがGAFAの影響を受けずにはいられない。日常生活においても、巨大企業によるリコメンドを絶えず受けている。誰もがフィルターバブルに閉じ込められる。そして、ある時異なるバブルのヒトと議論を交えたとき、全く話が通じないのである。
リコメンドは、サーヴィスを提供する企業の定めた、独自のアルゴリズムに従う。つまり、リコメンドはコード、もっと深掘れば数字により記述されている。ここには、例のデーモンが潜んでいるように感じる。
リコメンドがあなたの行動を引き出し、行動が数字になる。その数字を基に、リコメンドが発生する。あなたは、そのサーヴィスを受けるごとに、バブルの壁を厚くする。
この現象の表出として、個性の喪失が挙げられるのではないか、と感じているのである。予想通りの世界線を、予想通りに歩かせる。予想外の事に、大きな痛みを感じる。そして、予想外を拒絶する。
そんな悪循環が、少なからず発生しているのではないか、と思うのである。
あなたの人生にスパイスを/偶有性
最後に、バブル&デーモンに対する処方箋を考えたい。それは、ランダムを摂取すること。茂木健一郎先生的には偶有性を備えた、AI学習的にはε-Greedyな生活である。
1日に5分でも良い。連想ゲームを5回行う。
バナナ→黄色→温かい→ストーブ→寒い
この時点で、"寒い"という単語が出てきた。では、世界で一番寒い場所ってどこだろう。検索をすると、"世界で一番寒い村! オイミャコン..."みたいな記事がでてきた。
ところで、このサムネイルの女性は誰だろうか。女優か? 調べてみる。
こんな具合である。ε-Greedyな、思いつきの方法である。
何にこだわるわけでもなく、ただ今の自分とは無関係な背景に身を置く。
それが線を、面を形成し、やがて立体的になる。
この広がりを持った知の体系を、ヒトは教養と呼ぶのではないか。
バブルとデーモンは、予想外な帰結をこの文章にもたらした。