美容や医療における擬似相関と逆因果関係
筆者は東大院に在学中、計量経済学を専攻していた。計量経済学とは、Rやstata, matlabなどのプログラミング言語を用いてデータを分析し、統計的手法により経済に関する実証分析を行う学問のことである。世間一般の人に、大学院で何やってたのと聞かれて経済学ですと答えると、どの株が上がるのとか日経平均どうなるのとか聞かれるが、知らないしそもそもそんなことを学んではいないので返答に困ってしまう。これがミクロ経済学とかマクロ経済学になってくると、もはや完全に難解な数式の羅列であり、数学者や物理学者と同じである。経済学というのは結構世間のイメージとはずれている学問だと思う。
話は逸れたが、計量経済学においては逆因果関係や擬似相関などの問題に対処するためにランダム化比較実験や操作変数法、差の差分などの統計的手法がよく用いられる。そして、この逆因果関係や擬似相関の問題が、美容や医療においてある主張が本当に正しいかを考える時に大いに役立つ。
逆因果関係とは、原因と結果をアベコベにしてしまった状態を指す。例えば、警察が多い場所は犯罪件数が多いとする。これをもって、警察が多くなるとむしろ犯罪は増加するんだ!と言われたら、なんかおかしいと思わないだろうか。そのなんかおかしいと言う感覚は合っている。警察が多いから犯罪が増加するのではなく、犯罪が多い場所だから警察官が多く置かれているのである。
擬似相関とは、一見AとBには因果関係があるように見えるが、実は別のある事象(交絡因子と呼ばれる)がAとBと相関しているために、あたかもAとBが関係しているように見えてしまうことである。アイスクリームの消費量が多い時には、溺死する人も多い。これをもって、アイスクリームは危険だから死にたくなければ食べるな!と言われたら、いや絶対におかしいと思わないだろうか。もちろんおかしい。ここでの交絡因子は、夏である。夏になると、アイスクリームの消費量は増える。そして、海やプールで泳ぐ人も増える。つまり、夏という別の事象がアイスクリームの消費量と溺死の両方に影響を与えているので、あたかもこの2つが関係しているように見えてしまうのである。
このようなわかりやすい例を用いて説明すると、なんだ逆因果関係も擬似相関も別に大したことないじゃないか、と思える。警察官が増えれば犯罪が増えるんだとか、アイスを食べると溺死するんだというのは明らかに我々の直感に反しているため、おかしいと気付けるのである。しかし、以下の例だとどうだろう。
ある地方自治体が、児童が朝ごはんを食べているかとテストの点数を調べた。すると、朝ごはんを食べている子供ほど、テストの点数が高いことがわかった。そこで地方自治体は、朝ごはんを食べることで脳がちゃんと働き、勉強の効率が上がるからテストの点数も高くなるんだと考え、児童に朝ごはんを食べるような施策を行なった。
なんか正しいように思える。しかし実際は、施策によって朝ごはんを食べる児童が増えても、成績は上がらなかった。これは、擬似相関であった可能性が高い。この例における交絡因子は、親の教育である。児童がちゃんと朝ご飯を食べる家庭は、親の教育がしっかりしていることが多い。そうなると、子供の成績も高いことが多い。親の教育が朝ごはんと成績の両方に影響を与えているため、あたかもこの二つが関係しているように見えるのである。
このように、擬似相関というのは、ちょっとそれっぽいだけで、途端に人々は信じてしまう。美容や医療においても同じことが言える。
①ビタミンCのサプリを取っているおかげで、風が引きにくくなったし、体の調子がとてもいい。実際、ビタミンCのサプリを取っている人の方が、健康状態がいいと言うデータがある
② 孤独な人ほど健康状態が悪いというデータ結果が出ている。みんな健康のためにも、孤独は避けよう
③ 閉経後にホルモン補充療法( HRT)を受けた女性は、冠動脈性心疾患などのリスクが平均の人より低い。骨密度も普通の人より高い。閉経後の女性は、HRTを受けるべきだ。
④ 鬱病がひどくて、そのせいでちゃんと眠れないんだ。鬱病のせいで睡眠障害になったよ
⑤ オゼンピックはダイエット薬としてよく美容業界で使われるが、オゼンピックを使うと皮膚が弛んで老けて見える。こいつのせいでおれも今顔の弛みが気になっている。
⑥ ストレスが溜まってて、アルコールに走ってるよ。1日に焼酎何本も飲んでる。アルコールがないとやっていけないよ
上記の6つは、擬似相関や逆因果の可能性がある。以下で見ていく。
①ビタミンCのサプリを摂っている人の健康状態が良いのは、ビタミンCのサプリを取る人が健康意識が高いからかもしれない。つまり擬似相関の可能性がある。
② 健康状態が悪い人は、寝たきりだったり、満足に外に出れなかったりして、どんどん孤独になりがちである。つまり逆因果の可能性がある。もっとも、普通に考えて孤独は確かに精神状態を悪化させて健康も悪化しやすいだろうから、これは鶏が先か卵が先かという話で、互いに関係しあってるのだろう。
③ HRTを受ける女性は健康マニアの方が多いから、心疾患のリスクが平均より低かっただけ。つまり擬似相関だった。実証論文の研究結果によれば、HRTを受けるとむしろ心疾患のリスクが上昇した。逆効果のことをやっていたのである。話は逸れるが、テレビを見ていると100歳の老人が長寿の秘訣はタバコですと言ってるのを見て、いやそんなわけあるかと思ったのを思い出した。そもそも長寿はタバコ以外にもいくらでも要因がある。この老人は、タバコを吸わなかった場合、吸っていた時よりも更に長寿であった可能性が高い。HRTも似たような話であり、受けていた人はHRTのおかげで自身は心疾患のリスクが普通の人より低いんだと思っていたのかもしれないが、受けなかった場合、さらに低かったということになる。
④ 睡眠障害はメンタルの不安定をもたらすので、それが鬱病につながった可能性もある。つまり逆因果の可能性がある。ただし、これもさっきの孤独と健康の話と同じで、鶏が先か卵が先かという話になりそうだ。
⑤さて、これは擬似相関だろうか逆因果だろうか。急激に痩せたら皮膚が弛むのはよくある話。別にオゼンピックに限った話ではない。流れとしては、
オゼンピックを使う→痩せる→皮膚が弛む
つまり、原因のはき違え。擬似相関や逆因果と同様に、誤った因果関係を導く。
⑥アルコールの過剰な摂取は、長期的に見て、精神状態を悪化させると言われる。アルコールに依存しすぎだが為に、ストレスに苛まれてるかもしれない。つまり逆因果の可能性がある。まぁ、これも鶏が先が卵が先かみたいな話で、互いに関係しあってそうだ。
このように、美容や医療の主張において、それってほんとなの、擬似相関じゃないのと思うケースはけっこうある。筆者が以前美容皮膚科に行った時、美白を目指したいならトラネキサム酸やグルタチオンを内服したらどうかと言われた。ビフォーアフターの写真などもあって、何ヶ月も内服された方はこのようにお肌のトーンがアップしております、のように言われたが、いやそれ別の要因だろと内心思った。美容皮膚科に行ってこういう薬を飲んでる人は日焼け止め対策など肌への意識が高い。その意識の高さが原因で白くなっている可能性がある。つまりは擬似相関である。
美容や医療について、ある主張が本当に正しいか考える時、擬似相関や逆因果の可能性を疑うと良いかもしれない。