空間の「笑顔度」を測定する
温度や湿度のように、空間の「笑顔度」を測定することはできるのか?
空間には、温度や湿度などの物理的な要素だけでなく、そこにいる人々の表情や雰囲気といった「感情的な空気感」も存在します。特に「笑顔」は、空間を明るく和やかにし、居心地の良さを高める重要な要素です。この「笑顔度」を数値化できれば、より快適で人々が集いたくなる空間づくりに役立つのではないかと考えました。
例えば、飲食店や商業施設、オフィス空間、さらには公共の場である図書館や病院など、様々な空間において「笑顔度」を測定できれば、利用者や従業員がどれほどリラックスし、満足しているかを推し量る指標として活用できます。従来の温度・湿度計のように、笑顔の度合いをリアルタイムで把握できれば、その場に必要な改善点を視覚化し、空間全体の環境向上を図る新しいアプローチが可能になるでしょう。
この考えに基づき、温度や湿度を測定するのと同じように「笑顔度」を数値化して見える化することを試みるため、画像解析技術を用いた実験を行いました。
画像解析技術を用いた「笑顔度」測定実験
この実験では、Amazon Web Services(AWS)の画像分析サービスを使用しました。具体的には、Amazon Rekognitionの機能を用いて、画像内の人物が笑顔かどうかを判定し、その信頼度(Confidence)を取得しました。DetectFaces APIを利用することで、「Smile」属性が返され、この属性には、笑顔であるかどうかを示すブール値(Value)と、その判定の信頼度を示す数値(Confidence)が含まれています。
まず、iPhoneの内蔵カメラを使用して対象の空間を撮影し、動画形式で記録しました。動画は1秒あたり3フレーム(3fps)で静止画像に分割し、分割された各画像についてAmazon Rekognitionを利用して空間内の人物を検出し、各人物の表情解析を行いました。
Amazon RekognitionのDetectFaces APIは、以下の8つの表情の信頼度スコアと笑顔の有無を出力します。
CALM: 穏やか
SAD: 悲しみ
CONFUSED: 困惑
FEAR: 恐れ
ANGRY: 怒り
DISGUSTED: 嫌悪
SURPRISED: 驚き
HAPPY: 幸せ
各表情の信頼度は数値で出力され、どの表情が優勢か、どのような感情が頻繁に現れているかを統計的に捉えることが可能です。
さらに、各画像の行数を母数とし、笑顔と判定された行数を子数として、「笑顔度」を算出します。この「笑顔度」は、空間内の人物がどれほど笑顔であるかを示す指標であり、空間全体の雰囲気や快適さを数値化する新たな手法となり得ます。
実験:小学低学年向けの絵本読み聞かせシーンでの「笑顔度」測定
この仕組みを活用した実験を、小学低学年の児童に対して行いました。図書ボランティアが6冊の絵本を順番に読み聞かせ、その際に子どもたちの「笑顔度」を測定しました。使用した絵本は以下の6冊です。
『おおきな木』(シェル・シルヴァスタイン):無償の愛をテーマにした感動的な物語。
『はらぺこあおむし』(エリック・カール):カラフルなイラストと成長するあおむしの物語。
『八郎』(斎藤隆介):龍神の伝説を基にした感動的な物語。
『スイミー』(レオ・レオニ):小さな魚が協力して大きな魚に立ち向かう勇気を描いた作品。
『ともだちや』(内田麟太郎):友情や助け合いをテーマにした心温まるストーリー。
『ぐりとぐら』(中川李枝子):野ねずみのぐりとぐらの冒険を描いた、長く愛されている人気絵本。
結果:最も笑顔度が高かったのは『八郎』
実験の結果、6冊の絵本の中で最も笑顔度が高かったのは斎藤隆介作の『八郎』でした。この物語は、龍神と人間の感情に訴える壮大なテーマを持っており、子どもたちの心に深く響いたと考えられます。特にクライマックスシーンでは、子どもたちが感動や興奮の笑顔を見せる場面が多く記録されました。
表情推定のデータによると、『八郎』を読んでいる間、子どもたちの「HAPPY」スコアは他の絵本に比べて平均で20%以上高く、一方で「CALM」や「CONFUSED」のスコアは低下する傾向が見られました。この結果から、物語が進行するにつれて子どもたちの興味や感動が増し、感情が活発化していたことが示唆されます。
一方で、人気の高い『はらぺこあおむし』や『ぐりとぐら』では、平均的な「HAPPY」スコアは中程度に留まり、「CALM」が優勢な時間が多くありました。これらの作品は楽しい内容であるものの、『八郎』のように深い感情を喚起する物語がより強い感情的反応を引き出した可能性が考えられます。
まとめ
この実験は、「笑顔度」という新しい指標を用いて空間の感情的な空気感を測定する手法を模索するものでした。感情の数値化により、空間設計やイベント運営の改善に役立つ知見が得られることが示唆されます。今後、さらに異なる空間やシーンで実験を行い、「笑顔度」を活用した空間改善の可能性を探求していきたいと考えています。