スベり系進行役は、ミーティングをフル無視する無礼者を見逃さない。
「じゃあ、ますはアイスブレイクから話しますね」
Zoomの画面越しに話すのは,、進行役のアベさん。
契約中の営業ツールの担当者だ。今日は四半期に一回の定例ミーティングで、私も含めチームからは5人が参加している。私は責任者として顔を出してるに過ぎないのだが。
「実は当社は、先月からからテレワークが禁止になりまして。今まではOKだっただけに、結構ショックなんですよ。遠くにマンション買った社員もいますし…みなさんはどうですか?」
進行役のアベさんに会うのは今回が初めてだが、心中早くも「面白くない人」認定ををしてしまう。アイスブレイクの時に「アイスブレイク」とわざわざ口にするのもセンスがないし、相手が5人もいるのに「どうですか?」と話しかけるのも具合が悪い。実際メンバーは何も反応していない。いわゆる小スベりというやつだ。
「うちは普通にこれまで通りテレワークOKですよ」
仕方ないので、責任者として私が回答する。
「そうですか~。では始めますね」
これでは、この後のミーティングもさぞつまらないに違いない。ここは画面を切り替えて、他の仕事にいそしむとしよう。音声だけ聞いておけば、大事な話があったとて聞き逃す事はないだろう。
「では、今日のミーティングは以上になります」
ミーティング終了を告げるアベさんの声で我に返った時には、開始から約50分が経過していた。別画面の作業に没頭して、話の内容はほとんど頭に入っていない。案の定、大した話はなかったのだろう。もう、ミーティングが完了するまで別作業を貫く事にする。
と思った矢先に、追加でアベさんの声が。
「じゃあ、最後に私個人の近況をお伝えしますね」
おいおい。
アイスブレイクで小スベりをかましたというのに、締めでも何か言うつもりなのだろうか。資料づくりを続けつつ、耳だけは傾ける。
「実は私、ここ半年美容院に行ってないんですよ。バリカンとか使って自分で切ってるんです。皆んなに変わってるね〜って言われてます」
小スベりが追加された。
アイスブレイクとは異なり、あからさまに笑いをとりに行ったにも関わらず、だ。反応の声が聞こえないないので、メンバー達も微妙な愛想笑いでスルーしている事だろう。この手のスベり芸は、反応した側が巻き添えを喰う可能性が高い。
つくづく、他の仕事をしてて正解だった。
アベさんの話芸は、傾聴に値しない。
「じゃあ本日は終わりますね…。マシさんが全く笑ってくれてないみたいなので、次は頑張ります!」
え?
私の名前だしてる?
画面をZoomに切り替えると、他のメンバーは予想通り微妙な愛想笑いを浮かべてる。別画面で仕事をしていた私の表情は、この中では際立って冷静に見えたのか。いや、ひょっとしたら不機嫌にさえ見えたのかも知れない。
さあどうする。
そのまま、仏頂面を貫くのは大人気ないし、今更笑う訳にもいかない。かと言って「いやあ、すいませんねえ」と愛想で返すのも芸がない。
ここは芸人として、センスある返しを見せつけるしかない。
「いやあ、アベさんだけに阿部寛みたいだと感心しましたよ」
「………?」
しまった。
アベさんは、阿部寛が自分で散髪をしているのを知らない。更に他のメンバーもみなピクリとも笑っていない。控えめにいって小スベり状態だ。
これはうかつだった。
アベさんも含め、参加メンバーは私よりも下手したら二回りは年齢が低い。阿部寛のトリビアなど、知らない可能性のほうが高いだろう。
「ネタ作りは誰もが知ってる情報から」それが芸人のセオリーだというのに……うかつだった。
とはいえ、これでスベりポイントは互角だ。
さあ、アベさんはどう返す。
「そうなんですよ。阿部寛って言うの忘れてました〜」
知ってたの?
じゃあ、何で言わなかった?
まさか……
私に対する意趣返しなのか?
ミーティングをフル無視したのがバレていた?
「次は笑ってもらえるように、勉強しますね。ありがとうございました〜」
アベさんのポジティブな言葉で、ミーティングは終了。
Zoomを退出して、やっと一息つく。
アベさんの真意はわからないが、ひとつだけ言える事がある。
もう、ミーティングをフル無視する事はないだろう。