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「ふざけんじゃねえぞ!てめぇ…」と胸ぐらを掴むシーンが胸熱すぎる
車内は身動きが取れない程混みあっている。
東京に転勤して1年経つが、夕刻の時間に山手線に乗る事はめったにない。行先の新宿で電車を降りる正にその時、周囲がにわかにざわめく。
「なんだと~!…」
「あ?文句あんのか!…」
これは…
30代と思しき男が二人、口論を始めている。
いや、口論でなく喧嘩だ。
今にも手が出そうな位の緊迫感が伝わってくる。
小心者の私は、この手のシーンが極めて苦手だ。
野次馬根性がないわけではないが、早々にこの場を離れよう。
と、踵を返した矢先、ある台詞が耳に飛び込む。
「ふざけんじゃねえぞ!てめぇ…」
驚きをもって振り返ると、片方の男が相手の胸ぐらを掴んでいる。掴むどことか、そのままホームの柱に相手を押し付けんばかりの勢いだ。
こっ、…これは…
一瞬、目の前の現実を疑った。
『本当に言う人がいるのか…』
幼少から、人生の大半を関西を含めた西日本で過ごしてきた。一年前からの東京勤務が、私にとって生まれて初めての関東住まいとなる。
「ふざけんじゃねえぞ。てめえ」
この台詞は、私にとってドラマや漫画でしか聞いた事がない憧れのフレーズだ。
まさか、本当に言う人がいるとは。
しかも、胸ぐらをつかむという同じくレアな挙動とセットというのは、お宝という他ない。
大量の降車客の流れに抗いつつ、引き続き二人の様子を注視する。
トラブルを避けたい気持ちは、既に消えてる。
目の前の事が現実であるなら、続いて例の台詞が聞こえてくるはずだ。
『あいつの気持ち、考えた事あんのかよ!…』
これだ。
これしかない。
それは既に、予感から確信に変わりつつある。
柱に押し付けられた男は、最初の勢いを失い伏し目がちになっている。
『いいぞ、今だ…』
『言うんだ、あの台詞を…』
その時、ホームに次の電車が到着。
はじき出された大量の人波に、私の体はたちまち押し流される。
二人の姿も流れるように遠ざかっていく。
もう、あきらめるしかないのか…
最後のあがきで、耳を澄ましたその瞬間だった。
「あいっ……」
聞こえた。
確かに聞こえた。
間違いなく「あいつ」という声が聞こえた。
逃した魚は大きすぎた。
私は長年の憧れを叶えると同時に、千載一遇のチャンスを逃した。
ふざけんな+胸ぐら掴み+あいつの気持ち
この三連コンボに遭遇する事は、もうおそらく一生ないだろう。
『ふざけんじゃねえぞ!てめぇ…』
脳内で、己を罵る声が響き渡る。
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