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コラム9 手術が上手な外科医って? その2

あまり手術が上手でもない小児外科医がえらそーに
「手術が上手な外科医ってどういうことか?」をテーマに語るコラム 第2回です。

1. 何のために手術がうまいのか?
2. 手術室に入る前から手術は始まっている
3. 手術で使用する技術の要素
4. 手術のトレーニング法

という順で、現在
3. 手術で使用する技術の要素
の途中ですね。


手術技術の要素

どっかで見たことある、水見式で判別しそうな要素の
④コミュニケーション能力
の解説です。
あ、僕ここ一番得意なので、多分こっち系の能力者です。
だから反対側にある ①手先の技術力 の能力低いんだろうな。

④コミュニケーション能力
コラム6 外科医って手術中に何考えてるの?

で書いたのですが、実は外科医にとって術中のコミュニケーション能力というのはメチャクチャ大切なのです。
前回のコラム、その1の最後でも書きましたが、外科医って棋士と同じく長時間集中して戦う上に、更にチーム戦ですからね。
手術1つ1つの手技において、助手と息を合わせなくてはなりません。
また、看護師さん、麻酔科医、臨床工学士さんたちと息を合わせる必要もあるでしょう。
僕がいわゆる天才外科医のドラマがあまり好きではないのはここです。
外科手術ってチームですから。
一人の医者が「オレ天才だから」「私失敗しないので」なーんて言っているチームはそれだけで独善的すぎて、信用できません。
往々にしてそういう医師のもとでは、自由闊達な議論や意見は抑えつけられ、細部まで行き届いた手術・医療を届けることができなくなっていくのです。
本当に患者さんのためを思って手術をする外科医は、「自分が一番手術が上手い」なんて思ってないし、思ってはいけません。
そういう独善的な態度は必ず周囲に伝わり、萎縮させてしまいますから。
術者である限り、術場にいる全員を指揮し、みんなの力を精一杯発揮させてあげることにこそ心を砕くべきでしょう。

⑤指導力
④のコミュニケーション能力と並んで、僕がとても大事だと考えている手術の技術が指導力です。
なんだか、「手術の上手な外科医」というタイトルのイメージからどんどん離れていっているように感じるかもしれませんね。
でも実際に、「人に教えること」というのは、相当に自分が分かっていないとできません。
この歳にして思いますが、他人に教えることによって、自分もまた再認識することも多いのです。
技術やコツをきちんと他人に伝わるように言語化するって難しいですからね。

昔は外科といえば数ある科の中でも特に閉鎖的で、徒弟制度のはびこる分野でした。
「見て学べ!」が当たり前。
術中にモタモタしていれば「ヘタクソ!練習しろ!」と罵倒され、時には頭突きをくらう(手術中なので頭しか出せません)。
そんな外科医が昔は横行し、結局現代では外科医は絶滅危惧種です。
手術をしようにも、外科医のなり手がいなくてみんな困っています。

僕が医者になった直後から、医師の臨床研修の形式はがらりと変容しました。
新臨床研修制度が開始され、医師国家試験に合格した医学生は「初期臨床研修」として2年間であらゆる科をまわって勉強します。
それに伴い、研修医の指導医となるべき医師は「指導医講習会」を受けることが義務化されています。
そのような講習会において、指導医も「きちんとした指導をする力」を磨くように習うのです。
僕は、ともすれば徒弟制度になりがちな外科の世界こそ、このような指導医の講習がとても大事だと思っています。

明治時代の医師であり、政治家であった後藤 新平の有名な言葉があります。

金を残して死ぬ者は下だ。
仕事を残して死ぬ者は中だ。
人を残して死ぬ者は上だ。

人を育て、未来に遺してこそ価値があるのです。
外科医が1年で手術をするのはせいぜい200~300人でしょう。
ということは、頑張って40年働いたとして、己の手で手術ができるのは1万人。
自分の技術を磨き上げ、研鑽を積み、1万人を助ける。
それはとても素晴らしいことです。
でも同時に、次の1万人を救うことができる医師を何人も育てることはもっと大事です。
そして、更にその次の1万人を救える医師を教え育てることができる、指導力のある医師を育てることも。
自分だけ手術が上手くなっても、それを伝えていくことができず失われてしまうのであれば、しょせんそんなものはうたかたの夢です。
だから外科医は決して独善的であってはならないのです。

⑥積極性
「センスがいい」という言葉はよく使われます。
確かにいますよね。
何やらせてもこいつ上手だなぁってやつ。
かっこよくて足も速くて、あんまり勉強もせずにテストもいい点とるんかい!…って。
みなさん小学生くらいの頃には気が付いたと思います。
人間って生まれつき公平じゃないんだなぁって。
パワプロくんだってセンス〇のほうがそりゃいいですよ。

でもでも、ないものねだりをしても仕方がありません。
人間やる気次第で何とでもなることはあります。
それがこの積極性です。

何の根拠もなしにこんなこと言ってるわけではないですよ。
僕は以前、うちの大学の医学生を対象にして研究をしたことがあります。
新たに編み出した腹腔鏡の結紮手技を、学生にトレーニングしてみて効果を見るという研究ですね。第3回で紹介しました。
(第3回)腹腔鏡で簡単に糸結びする方法!? 後編 学生さんに教えて研究してみた

この結果を学生のアンケートとともに詳細に検討していて、面白い事実がありました。
アンケートで「自分を器用と思うかどうか?」を事前に学生に聞いているのですが、「器用である」と答えた学生と、「器用ではない」と答えた学生では、結紮ができた割合に全く差はありませんでした
でも、結紮ができた回数は、「器用である」と答えた学生が圧倒的に多かったのです。
なぜか。
トライ回数が多いからですね。
「器用ではない」と最初からアンケートに答える学生さんは、何事にも消極的。
「どうせダメだから」「あ、やっぱり失敗した…」とネガティブになり、次のトライが遅くなる。
「器用である」と答えるような学生は、実はあんまり器用でなくても(失礼)、何度も「やってやる!」と意気込んでトライするので、結果的に何度もできる。
どちらが最終的に上手になるのか。
考えるまでもないと思います。

ヘタでもいいんですよ。
語学と一緒。
何度もやっていれば上手くなるんです。

データで明らかにこれが分かった後から、僕は「不器用なんで外科には向いてないと思うんです…」と最初から言う医学生は、無理して外科に誘うこと自体しなくなりました。
(いちおう、積極性が大事というお話だけはしてあげますが)
だって、そういう人を無理して勧誘して外科に入れても、そんな人に手術されたい患者さんなんていませんからね。

4. 手術のトレーニング法

ここまで読んできた方であれば、僕がいわゆる本に書いてあるようなトレーニング法なんてわざわざおススメしないのは分かっていると思います。
そういうのは、世の中にいっぱいある意識の高―い外科の本を読んでいただければと思います。

あ、一応推薦図書を挙げておきますと、
手術技術や経験の修練法として


「外科手術に上達くなる法 トップナイフたちの鍛錬法」

「外科手術に上達くなる法 トップナイフたちの鍛錬法」 仲田和正:編 は2400円とお安いし、なんかやる気にさせてくれるいい本です。

また、指導力育成のためには


コーチングの技術

「コーチングの技術」 菅原裕子
などの数あるコーチングの本などは読んでおいて損はありません。
とてもおすすめです。

まあ、そういう真面目な話はさておき、
僕が人生の中で、「これは手術のトレーニングに役立ったわ~」という事柄を3つだけ挙げさせていただきます。

①ゲーム(シューティング)

これ!


罪と罰~地球(ほし)の継承者~

僕はゲーム大好きなんでね!
ゲーム好きな方が腹腔鏡手術が上手になるというちゃんとした論文もありますよ。
でも、当たり前ですが、何のゲームでもいいわけではありません。
RPGやシミュレーションゲーム、クイズゲームをしていて手術がうまくなるわけないですからね。
僕はこれまでたくさんのゲームをしてきましたが、これのおかげで手術上手くなった!と感じたのは「罪と罰~地球(ほし)の継承者~」ですね。
このゲーム、右手と左手で別なことをするんですよー。
自キャラを動かして攻撃を避けつつ、照準を合わせて敵を撃つ。
これにハマって相当な時間やりこんだおかげで、腹腔鏡手術などで必須の左右協調運動がめちゃくちゃ鍛えられました。
ゲーム好きな人におすすめですね。
他にもそういう役立つゲームはたくさんあると思うんで、むしろ「これがいい」というのがあったら僕に教えてほしいです。
楽しみながら手術上手くなりたいんで。

②NICUでの実習

これは完全に個人的な考えですね。
そしてきわめてマニアックです。
僕は医者1年目の時に(まだ初期臨床研修制度ではありません)、NICUに配属されました。
そして、体重1000g未満で出生した超低出生体重児(ELBWI: extremely low birth weight infant)に長いこと付き添っていました。
超低出生体重児は呼吸状態さえ安定すれば人工呼吸を離脱しますが、まだ呼吸中枢が十分に発達していないので、時折「アプネア」という無呼吸発作を起こします。
赤ちゃんはモニターをつけていますから、まずSpO2が低下し、その後心臓も徐脈になっていく…(怖)。
そんな時、なるべく早めに気づいてあげて、足底をトントンと刺激してあげると復活しますが、気づくのが遅くなると復活も遅れます。


NICUの保育器

NICUの慣れた看護師さんはなんと、部屋中の全ての赤ちゃんのSpO2のモニター音をそれとなく聞いていて、少しでも低下すると音程が下がりますから、何気なくすすっと近寄っていって足底を刺激するのです。かっこいい!

最初は僕はぜーんぜん変化に気が付けませんでした。
でも、1か月、2か月と次々産まれてくる小さな赤ちゃんにべったり張り付いて治療をしていると、どれだけ他の仕事をしていても、「あ、SpO2の音程下がった…」とか「あ、心音がゆっくりになった…」と気が付くようになるんですね。
人間ってすごいなー。
イメージとしては


(ハンター×ハンターより)

こういう修行ですね。
ハンター×ハンター好きだな、自分。
でも実際このNICU修行のおかげで、手術中にSpO2のモニター音のリズムや音程は常に耳に入って意識できるようになりました。
まあ、NICUはさすがに特殊すぎるので、救急救命センターなんかで意識してこういうトレーニングができると役立つかな…と思います。
すいません、マニアックすぎますね。

③学生トレーニング

僕は大学にいるので、周囲に医学生がたくさんいます。
毎週のように5,6年生は実習でまわってきますし、他の学年に授業もします。
毎年同じことを教えているとこっちも飽きてくるので、研究を兼ねて学生に様々なトレーニングをしてみたりするのですが、これが意外とこちらの勉強になります。
上で紹介した、医学生に腹腔鏡手術トレーニングを行う研究もですが、

(第4回)えっ!?Virtual Realityで医療診察ゲームを? 「VR OSCE」前編

で作ったVRで医学生にOSCEのトレーニングを行う…なんて研究もしています。(論文執筆中)
それが何で手術に役立つんだよ…と思うかもしれませんが、実はまだ何も分からない学生に教えてコミュニケーションしていく能力が、指導力となり、回りまわって役になったりするんですねー。
人生無駄なことなんてありません。

とまあ、ひたすら長々と語ってきましたが、書けば書くほど特殊すぎて役に立たない気がしてきました。
でも、一般的な「手術がうまくなるには」という書籍には絶対に書いてないと断言できる内容だと思います。
これを読んでくれた人たちの、お役に立てれば幸いです。

<参考>
なし


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