コラム20 小児外科と接遇
「接遇とは、接客業務時における客に対する接客スキルのことをいう」
Wikipediaより。
医者が患者さんに接する態度を「接遇」という言葉で表現するのが適切かどうかはちょっと疑問に思いますが、身だしなみや態度、言葉遣いなどに気をつけるのが大事!というのは僕が医者になった頃くらいからしきりに言われるようになりました。
いくつかの病院で、「接遇のプロ」とされる講師の先生を招いての研修に参加し、お話を伺う機会がありました。
1. 小児外科は接遇が大事!
「常にピシッとしておけ」
やや抽象的な短い言葉ではありますが、僕は医者になってからこんな指導を受けました。
小児外科と小児科は小児を患者として診る科です。それはつまり、主に親御さんと接するということです。
今でこそ患児の父親が来院することも多くなってきましたが、昔は母親のみと接することがとても多かったのです。
そして、たいてい多くの母親たちというのは、「不潔そーな男子」にはキビシイのです。
服はヨレヨレ、無精ひげを生やし、目を合わせようとしない。
あまつさえ襟元にはフケが…なんて医者はあっさりフられてしまいます。二度と来てくれないわけですね。
そして特に、小児外科は小児科より深刻です。なぜなら、出会ったその日にお子さんの手術をすすめる必要性が高いからです。
小児外科はレアな科です。小児外科の専門医は全国に600人強しかおらず、大きな病院にしかありません。そしてそういう大きな病院は、紹介状なしでいきなり受診すると高額な初診料をとられることが多いですから、多くの場合は小児科から紹介されて受診することになります。
すでに小児科の先生に診ていただいていて、「これは小児外科(で手術)だろう」ということで紹介されてきているわけですね。なので、紹介されてくるお子さんの約半数近くは、出会ったその日に病状の説明をし、手術の予定を組んでいくことになります。
そんな時に、見た目めっちゃ不潔そーなヨレヨレ医者が出てきたら…イヤでしょ?
これが成人の科で、「自分が手術をされることになる患者」が相手だと少し話は違ってきます。
かかりつけ医から「これは大きな病院で治療が必要だから」と紹介状をもらって大病院を訪れ、ちょっと感じ悪い目も合わせてくれないような医者が診てくれて、ぶっきらぼうに「手術しないと治らないから、手術ね」と言われたとしても、(大病院のおえらい先生なんだから…)なんて思って、「はい。お願いします…」なんてなったりするかもしれません。
でも、子どもを持つ親は違います。
たいていの親(特に母親)にとって、自分の子どもは自分より大事であり、信頼できなさそうな人に手術をお願いしたいなんて絶対に思わないのです。
だからこそ、「常にピシッとしておけ」なのです。
2. 身だしなみ、態度
医龍の主人公、心臓血管外科医の朝田龍太郎の坂口憲二を筆頭に、数ある医療ドラマにおいて、医師はこんな格好をしています。
スクラブと呼ばれる術衣を中に着込み、ロングの白衣を前開けで羽織る。
かっこいいですねー。
”ただしイケメンに限る”
この言葉がここまでハマるシチュはなかなかないですね。
いやぁ、現実ってキビシイんですよ。
大病院で実際にこういう格好をしている医者は多いわけですが、是非とも我に返っていただきたいです。
ガリガリで肩がおちてみすぼらしかったり、腹がぽよんと主張していたり、オーラがないこと甚だしい。これで無精ひげ生やしていたり、サンダル履きだったりした日には最悪です。
なんとなく、こういうラフな格好をしていたほうが無頼な感じが出せて、イケてる外科医とか救命医っぽく感じてしまうのかもしれませんが、それは中二病という疾患です。
実際に様々な医者を見てきた人間の経験から言いますと、腕のいい医者ほどきっちりした服装をしているものです。
医療ドラマの服装を監修している人もなるべく早く気づいてほしいものですね。世の中に勘違い医師を量産してしまっています。
あ、今日はいつになく口が悪いな。自分。
3. 医者の接遇の目指すところ
大学病院勤務の僕のお仕事は学生さんを教えることでもあるのですが、学生さんにももちろんこの「接遇」のお話をよくします。
特に1月は新たな医学生が病院実習を開始する時期であり、初めて白衣を着て病院をまわる学生が多くなるのです。
さすがに学生さんでスクラブに白衣着流し…みたいな人はいませんが、学生ならではというか、リュックを背負って来たり、暇さえあればスマホ見てたり…という悲しい姿が目立ちますので、注意をすることがあります。
医者の接遇というのは何のためにあるのでしょうか?
最初に僕が、医者が患者さんに接する態度を「接遇」という言葉で表現するのが適切かどうかはちょっと疑問に思います…と言ったのは、理由があります。
本来接遇は顧客を相手にしてその心をつかむものであり、困って病院を受診する患者さんは顧客とは少し立場が違うわけです。
重症であったり、まれな病気であったり、手術が必要であったりと困ったシチュエーションの患者さんであればあるほど、立場は弱くなります。
本来顧客は店を選ぶ立場ですが、完全に逆転してしまう。
そうすると、顧客(患者さん)は簡単に病院や医者を変えるといったことはできません。ここに、医者の接遇が進まない理由があります。
多少服装がみすぼらしかったり、勘違いしてたり、口調が雑だったり、上から目線だったりしても、選択肢のない患者さんからすれば、仕方がないわけです。
ここが、通常の業種の接遇と、医者の接遇の違いです。
じゃあ、医者はあんまり接遇が必要ないのか?
そんなことはありません。
先ほど、小児外科の接遇の大事さを述べましたが、これはひとえに「保護者にいい印象(安心感)を与えるため」です。
とても有名な話で、「信頼している医者から処方してもらった薬は効果が高い」というものがあります。プラシーボ(偽薬)効果というもので、「あの先生に出してもらった薬だから」と思えば、効果がない薬でも効いたりするんですね。
僕はこれは投薬だけに限らないと思っています。
通常の診療にしても、手術にしても、受ける患者や保護者に安心感を持って受けてもらった方が、明らかに結果がよくなります。
手術というのは体に侵襲を与える治療ですから、痛みや恐怖を伴います。絶対に避けて通れないその負の面に直面した時に、「あのお医者さんだから大丈夫」と思ってもらえるのと、そうでないのとでは大きな差が出る…と僕は思っています。たぶん。
4. 道を聞かれる医者になろう!
とはいえですね。
いきなり学生さんとかにそんな「デキる医者感を出せ」というのは無理な話です。
ではどうするか。
僕は学生さんには「病院で道を聞かれるような医者になろうね」と教えています。
患者さんはよくよく周りを見ています。
大きな病院でどこに行けばいいのか分からない時に、リュック背負ったりスマホ見てるような学生然とした医者や、ヨレヨレの服を着たくたびれた医者に道を聞いたりはしません。
きちっとした服装をして、にこやかに、顔をあげて歩いているお医者さんに「すいません、〇〇の受け付けってどちらに行けばいいんでしょう…?」と話しかけてくるのです。
そんな風な話しかけやすい雰囲気と、紳士的な振る舞いこそが、医者に求められる接遇であり、安心感を与えられる医者への第一歩ですよ…と学生さんには教えています。
ちなみに僕は昔から上司に「常にピシッとしておけ」と指導を受けたかいあってか、病院を歩いているとほんとによく道を聞かれます。
しかし!
残念ながら、方向音痴なので一緒に迷います(ええ…)。
大学病院ってどこもそうだと思いますけど、建て増し建て替えで道分かりにくいんですよー。勤務し始めたときとか医局に帰るのに道に迷いまくって、やっとたどり着いた時には本気で涙ぐみましたからね。
すごく運よく分かりやすい場所ならご案内できますが、最近は(うん、無理だな)と思ったら、一緒に近くのクラークさんのところに聞きに行くことにしています(成長)。
(参考)
なし