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コラム21 赤ちゃんみんなケイツーシロップ
今回のコラムは、僕が昨年胆道閉鎖症の会 広島支部の会で講演をさせていただいた資料をもとに作成しています。
1. なぜ赤ちゃんにケイツーシロップを飲ませるのか
赤ちゃんは、「産まれたあとに全員がすること」がいくつかあります。
・健診
・ケイツーシロップを飲ませる
・かかとから採血(ろ紙にしみこませて検査に送る)
・予防接種
などです。
これらが義務化されているのは、長い歴史の中でわかってきた危険な病気を早期発見したり、予防したりするためです。
ある日突然義務化されるわけはありません。当たり前ですが、そこには多くの先人たちの努力があり、「こうしたら早めに発見・予防できて死亡率や合併症率が各段に下がった!」という結果に、とてつもないレベルで差がついたため、行政を動かし義務化までされることになったわけです。
そしてこれらは現在も絶賛アップロード中であり、よりよい治療(早期発見と予防)を求めて、多くの医師が研究を重ね、行政への働きかけを行っているわけです。
そんな中でも今日のお話は、ケイツーシロップに関するものです。
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ケイツーシロップはビタミンKのシロップです。
ビタミンKは納豆とかによく含まれているビタミンですね。出血した時に血を止める(凝固機能)のに必要です。母乳に含まれる量が少ないことで、よく赤ちゃんで不足することが分かっています…とよくシンプルに書かれるのですが、そこにももちろん歴史があります。
昔、赤ちゃんがよく下血したり(新生児メレナという病名がついています)、脳出血をきたしたりしていました。そして重篤な事態になっていました。
「なんでだろう?」ということになり、調べると血液の凝固機能が非常に低く、出血時間が延長している!原因はビタミンK欠乏症だ!ということになったのです。昔のことですよ。
更に調べると赤ちゃんみんなビタミンKの値が低い。母乳を調べると、中に含まれるビタミンKが少ない。そして特に、(当たり前ですが)ビタミンKが不足している母の母乳にはビタミンKが少ない。
じゃあ、飲ませてあげようよ…ということで、1989年から、出生時・1週間後・1か月健診時の3回飲ませましょう!という3回法が公的に開始になりました。
これ、なかなかに劇的な結果をもたらしました。
出血する赤ちゃんが10分の1に激減したんです。
特に、早期の消化管出血(新生児メレナ)は激減。僕も医者になった頃は国家試験で勉強したにも関わらず、実際の患児で診ることなんてほとんどなくなりました。すごいですね。
しかし!0にはなっていませんよね。
特に、頭蓋内出血の方が残っちゃってたんですよ。
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消化管の出血であれば回復が見込めるのですが、コレはまずい。
手術をして命が助かったとしても、一生麻痺が残るのは避けられません。
僕は医者になって1年目に、この症状を呈した赤ちゃんを担当することになりました。
この赤ちゃんは胆道閉鎖症だったんですね。
ビタミンKは、ビタミンA,D,Eと同じ、4つある脂溶性ビタミンの1つです。
脂溶性ビタミンというのは、吸収するのに胆汁の働きが必須なのです。胆汁が出ないと吸収できない。
胆道閉鎖症という病気は原因不明の病気なのですが、出生直後はそこそこあいていた胆汁の通り道(胆管を含む胆道)が、木が枯れるように閉鎖してしまいます。胆汁が消化管に出ないと血中に出ますから、黄疸になり、肝硬変になっていく怖い病気です。
1万人に1人がなる病気…と聞くと一般的な感覚では「少ないな」と思うかもしれませんが、小児外科をする身としては1万人に1人は比較的多い病気という印象です。
この胆道閉鎖症は、必ず赤ちゃんの時期におきます。1か月までには胆汁がほとんど出なくなり、生後60日までにきちんと発見して手術で治療した子は、治療が遅れてしまった子よりもその後の経過が良いことが明らかになっています。
そしてそれまでの間胆汁が出ないことで脂溶性ビタミンが吸収しにくいですから、ビタミンK欠乏からの頭蓋内出血の危険が高いわけです。
これほどまでに、早期発見と予防(頭蓋内出血)の両者が大事な赤ちゃんの疾患は他にありません。
2. ケイツーシロップの投与法が変わりました!
胆道閉鎖症の早期発見…の話はあとにして、まずはケイツーシロップの話です。
1989年にケイツーシロップの3回投与が始まり、胆道閉鎖症の患児でも頭蓋内出血で発見される赤ちゃんはかなり減ったのですが、0にはなりませんでした(胆道閉鎖症研究会というメチャクチャ真面目な小児外科の医師の集まりで全国統計がきちんと行われています)。
悩ましいですね。
ちなみに、このビタミンKの投与法は国によって差があります。インドネシアからの留学生が来た時に聞いたのですが、インドネシアでは頭蓋内出血で発症する胆道閉鎖症の赤ちゃんは0とのことです。
なぜか。
インドネシアでは出生後の赤ちゃんは全員小児科の医師が診察し、ケイツー(ビタミンK)の筋肉注射をするからです。経口摂取ではなく、確実に投与することで頭蓋内出血という非常に危険な合併症を防ぐわけですね。正しいと思います。
でも、いきなり日本でこんな政策の大転換は非常に難しい。
ではどうするか。欧米にならったわけですね。
最初は一部地域から始まったのですが、ケイツーシロップを3か月投与する方法に変更になりました。出生後から1週間に1回、3か月までずっと(11回~13回)服用するわけですね。
なぜ3か月か。
この時期までには胆汁うっ滞の赤ちゃん(主に胆道閉鎖症)はきちんと診断されるからです。それまでの時期を合併症なく乗り切ろうということですね。
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2021年に「新生児と乳児のビタミンK欠乏性出血症発症予防に関する提言」として、数多くの学会連盟で、全国の産婦人科向けに「ビタミンK(ケイツーシロップ)の3か月法をしてください」という通達がありました。
これを機に、現在日本全国ほとんどの産科で3か月法が取り入れられ、2021年以降に出生した赤ちゃんは3か月までケイツーシロップを毎週服用しているハズです。
3. 現在の成果
胆道閉鎖症では、頭蓋内出血という超危険な合併症を予防するための、ケイツーシロップの投与回数増加という取り組みだけでなく、早期発見の取り組みも大事です。
なんたって、「生後60日以内に手術したらその後の成績がいい」なんてデータがありますからね。1日だって遅れないように、日本全国の小児外科医は必死です。
赤ちゃんの手術ってそんなに簡単に予定できるものではありません。いわゆる「予定手術」というのは、大きい病院では2-3か月先まで枠が埋まっていたりします。
なので、胆道閉鎖症を強く疑う赤ちゃんが受診してきたら、その時点で「麻酔科と相談して今週か来週のここらへんで準緊急で手術を申し込む…」という流れになります。
となると、逆算して、生後1か月の健診の時に確実に胆道閉鎖症の疑いがある赤ちゃんを見つけることがとても大事なのです。
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ここで出てくるのが、母子手帳ですね!何を隠そう世界に先駆けて日本で開始され、現在世界中に広まっている素晴らしい取り組みです。
でも、母子手帳が常に正しいわけではありません。当たり前です。医療に関する常識というのは常にアップデートされているのです。
僕が医者になった頃には、母子手帳には便色カラーカードなんてものは入っていませんでした。赤ちゃんのウンチの色をチェックするカラーカードですね。
しかし、胆道閉鎖症の早期発見のためにはウンチの色のチェックが大事なんだ!と多くの小児科・小児外科医が声を上げ続け、行政を動かし、2012年に母子手帳に便色カラーカードが挿入されることになったのです。
しかしまだ不完全でした。当初は便色カラーカードは“付録”の位置に挿入されており、見る人が少なかったのです。診断が遅れた胆道閉鎖症の患児の親へのアンケートでは「便色カラーカードのことを知らなかった」という人が多い結果でした。
そこで、母子手帳は自治体ごとの発行ですから、各地の医師の働きなどにより全国の母子手帳で便色カラーカードを1か月健診のページの位置に挿入してくれるようになってきました。そうすることで、最近では胆道閉鎖症の患児が遅れて診断されることがぐっと少なくなってきたのです。
広島市の母子手帳も、遅ればせながら2024年に変更になり、便色カラーカードが1か月健診のところに挟まれるようになりました。
今後も早期発見がされるように祈っています。
そして!
話はケイツーシロップに戻ります。
2021年に「新生児と乳児のビタミンK欠乏性出血症発症予防に関する提言」として、「ビタミンK(ケイツーシロップ)の3か月法をしてください」という通達があった後どうなったか。
なんと、2021年から2024年まで、日本胆道閉鎖症研究会の集計では
新たに胆道閉鎖症と診断されたお子さんで、頭蓋内出血で見つかったお子さんはいませんでした。
0です。
素晴らしい結果ですね。
3か月法最高。
4. 合成添加物!?
しかしですね。好事魔多し。
たいてい物事はうまくいきかけたときに揺り戻しがくるものです。
最近SNSをしていると、ちらほらと「ケイツーシロップに含まれる合成添加物」だの、「母子手帳の〇〇」だの、そういうたぐいの情報が流れてきます。
そしてその下のコメント欄には、「すぐ持ってるケイツーシロップ捨てます!」とかいうコメントがあったりする(サクラだと思いたいですが)。
そういうのに騙されてほしくないです。
ケイツーシロップや母子手帳というのは、ここに説明してきたような長い苦労の歴史があり作られてきたものです。そして、まだ「よりよいものにしよう」とみんなが頑張っています。
世の中の子育てをする親御さんたち(特にお母さんたち)は不安でいっぱいです。
情報が溢れる中で、「本当にこれが正しいのか?」と分からないことが多い。
特にケイツーシロップが3か月法になってまだ日が浅い今の時期は、先ほどのような「ケイツーシロップに含まれる合成添加物」のような投稿を見てしまい、ちょっと前に子どもを産んだ先輩ママさんに相談したら、「え!?うちの産婦人科はそんなにケイツーシロップ飲ませなかったよ。大丈夫?」なんて言われたりする可能性があるのです。数年前までは3回法だったので。
そんな方々になるべく安心していただきながら、正しい情報を伝えるというのは意外と難しいものです。
胆道閉鎖症の治療に関わる人間として、そして比較的昔の時代からの苦労を知っている身として、現状の知識をお伝えできればと思います。
(参考)
2024年 胆道閉鎖症の会広島支部 講演会資料 (佐伯)