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(第21回) でべそのすべて その② 臍の圧迫療法

(第20回) でべそのすべて その① でべそ⊃臍ヘルニア からの続きです。
前回、臍ヘルニアというのはあくまでもでべその一部ですよ…というお話をしました。

「臍ヘルニアは1歳までに約80%が自然治癒し、さらに2歳までに90%が自然治癒するから、手術をするとしても最低でも1才まで待ちましょう」という教科書の字面だけ読んでいても、本質は伝わりません。

もちろん医者の中にも「赤ちゃんのへそをきれいに治したい!」と情熱を燃やす方々もたくさんいらっしゃいます。
僕と同類の先生方ですね(同類と思われたくない先生方はすいません)。
そのような小児のへそマニアの集まる学会が、「日本小児へそ研究会」です。

2015年4月に、名古屋で開催された日本外科学会学術集会に付属する形で、第1回日本小児へそ研究会が開催されました。
前々から小児外科に関連する学会では、へそに関連する発表が多くなってきていた時期でした。
以前
(第12回)【小児外科医の論文解説】小児外科医はおへその傷だけで手術する 前編
(第13回) 【小児外科医の論文解説】小児外科医はおへその傷だけで手術する 後編
でも紹介したような、へそからする手術に関連する発表。
でべそに関する研究や手術の発表。その他のへそに関連する様々な病気の報告などなど。
そんなへそへの熱いニーズをかなえるべく、2014年に日本小児へそ研究会が発足したのです。
そこから数えること10回以上、毎年へそ研究会で熱い議論が交わされてきましたが、ついに語りつくされてきましたので、来年2025 年、第 12 回日本小児へそ研究会をもって最後の開催となる予定です。
僕も毎年のようにいろんな発表をしてきたので、もうおなかがだいぶいっぱいです。

そんなへそ研究会の黎明期より更に前から、ず~~~~っとでべそをきれいに治すために研究を続けてきた高名な先生がいます。
大塩猛人先生
小児へそ界のレジェンドですね。
もちろん、日本小児へそ研究会の立ち上げを発案されたのも大塩先生と伺っています。
同じ中四国地域の小児外科医として、大塩先生はよくお会いすることがあります。
情熱の全てをへその圧迫療法に捧げている先生です。

へその圧迫療法とはなんぞや。
これこそ、前回の「でべそのすべて その①」で問題になった、臍ヘルニアが治癒したのにでべそになっちゃった問題を少なくするための方法です。

ヘルニアを治すために上から圧迫をするという考え方は大昔からあります。


ヘルニアバンド(株式会社みなせメディカルソリューションより)

ヘルニアといえば一番有名で頻度が高いのは鼠径ヘルニアという病気で、鼠径部に腸が出ます。よく「脱腸」と呼ばれますね。
手術をしなければ基本治りませんが、出ないようにするためにこんなバンドをしておくという習慣があります。
そして、同じように赤ちゃんのでべそを押さえておこう…という考えで使われていたのが


五円玉

五円玉ですね。さすがに昭和生まれの僕でも実際に5円玉で圧迫している人を見たことがありません。
昔は五円玉の真ん中にひもを通して、ちょうどおへそにあたるようにしていたみたいです。
もはやおまじないの域ですね。
なんで50円じゃダメなんでしょうかね。五円玉の方が大きいからでしょうか。

臍ヘルニアは、もともと1~2歳までに自然治癒が望める病気ですから、しっかり圧迫ができれば効果があるのです。
大塩先生はとても真面目に非常に多くの臍ヘルニアの子に対して「綿球による圧迫」を行い、高い治療成績を報告しました。
他の先生方からも多くの治療の報告があり、2014年から臍の圧迫療法は保険収載になりました。
つまり、国から「この治療は効果があるから、この治療をしたら〇点(1点10円)ね」とお値段がついたということで、これは実際に治療をしている医師からすると、これまで持ち出し(サービス)で行っていたのが、ちゃんとお金を払ってもらえるので、とても嬉しいお知らせということになります。

ということで、もちろん僕も外来で施行しています。
臍の圧迫。


綿球によるへその圧迫

ちなみに、ニチバン(株式会社)からは、


臍圧迫材

専用の臍圧迫材なども売り出されていますが、お高いので圧迫療法のお金が飛んで行ってしまい、病院の儲けにはならないのが玉に瑕です。

この圧迫療法、数多くの論文報告があり、多く知られるようになってきたことからあちこちのHPで紹介されています。
信用できるものや「これは正しいことを書いてあるな」というものもあれば、僕みたいな小児のおへそマニアからすると「この記載は十分じゃないな」とか、「誤解を招くな」というものまで様々です。
僕はここで紹介するのは、あくまでも学術的に検討されたものです。
印象ベースではなく、基本的には論文に記載されていることしかあてにしません。

まず前提として、臍ヘルニアに対する圧迫療法は効果があります。
これは確かです。
しかし、注意してください。
・報告者により成績に大きな差があります
・修正月例6か月以降の開始はあまり意味がありません(非常に効果が限定的です)
・圧迫する際に腸を挟み込んでしまう合併症には注意が必要です

特に上2つ、いろんなHPを見ても書いてあるところが少ないですね。
まあ、医者からすれば6か月過ぎてても、親の希望に沿って「念のため…」と圧迫療法すれば、お金が取れるし(初回だけですが)、別に悪いこともめったに起こらないですもんね。
きちんと説明する義務はあると思いますが。

問題は1つめです。
報告者により成績に大きな差があるのです。
これはなぜか。とても学術的に興味がわきますね。学会でもよく議論されました。
様々な原因が考えられますが、主なものは
①圧迫の方法が違うから
②効果の判定方法が一様ではないから
③もとものと母集団が違うから
の3つですね。

①圧迫の方法が違うから
これは仕方がないところがあります。大塩先生は二人がかりでかなり左右から赤ちゃんの皮膚を寄せ、がっちり固めるくらいの強い圧迫をするとのことでした。
しかし、慣れないとこの方法は難しい。そして、絶対に家ではできません。
慣れた医師と看護師で行いますから、赤ちゃんを連れて毎週外来に通ってもらう必要があります。
僕はそこまではしていません。肌荒れも怖いし(大塩先生曰く、これも工夫により完全に防げるとのことですが…)。
多くの先生方は「毎週外来に来てもらう」というのはムリ…と考え、自宅で家族ができるように指導を行うという方法をとっています。
この方法論に関しては、医師を対象とした大規模なアンケート調査などが行われ、大体皆さん2週間~1か月のペースで外来に通ってもらい、医師と家人の両方で圧迫療法を継続していくという回答が最も多かったという結果でした。
なので、圧迫の仕方はどうしてもばらつきがでます。
これが治療成績の差に関連していると思われます。

②効果の判定方法が一様ではないから
これとても大事です。
僕が昔よく学会で、他の人の報告にかみついていました(やめましょう)。
いろんな人がいつも圧迫療法で臍ヘルニアの治癒率が上昇するだの、早く治癒するだの発表していましたが…。
みんなまず発表するのが、臍ヘルニアの治癒率のことばかり。
正直臍の圧迫療法で「臍ヘルニアの治癒率」をメインの評価(primary endpointといいます)として論じるのは論外です。
臍ヘルニアの治癒率は90%程度と元々十分に高いわけで、更に「臍をきれいに治す」ことが圧迫療法の主目的のはずです。
前回から言っていますが、「臍ヘルニアの治癒率」というのはイコール「ヘルニア門の閉鎖率」をみているわけで、へそがきれいになったかどうかではありません。
ヘルニア門の閉鎖の判定が触診によるものだろうが。エコーによるものだろうが、全くもってナンセンス。
患者さんの親が気にしており、医療従事者としても最も知りたいのは「へそが凹んできれいになるか」のただ1点なわけです。
しかし!
そうすると、何をもってへそがきれいに治ったかを指標にすればいいのか…ということになるわけです。
臍が体表面より突出してなければそれだけでいいのでしょうか?


臍ヘルニアは治癒しましたが…

例えばこのおへそ、ヘルニア門も閉鎖して、臍が突出もしなくなりましたが、きれいですか?(しつこいようですが、これは「臍ヘルニアは治癒」と判定されます)
親御さんがすごく気にして、「なんとか手術できれいになりませんか?」と言ってこられた方です。
これを「きれいに治癒した」と言われてもねぇ…。
つまり、本来は前もって「臍の美をいかにして評価するか」を点数化して定義しておき、それに基づいて圧迫療法後の臍をスコアリングすることをメインの目標(primary endpoint)とすべきなんです。

あ、みなさんついてきてますか…?
一応学術的に書いているつもりではあるんですが、ちょこちょこ(?)と臍への異常な愛が漏れ出るので注意してくださいね。

③もとものと母集団が違うから
これ意外と知られてませんが、市中の一般小児科の先生方が診る臍ヘルニアと、僕たち小児外科が診る臍ヘルニアでは全然母集団が違います。
わざわざ小児外科に初診で紹介状もなく来院される患者さんは極めてまれです。
多くの小児外科は大病院にあり、紹介状なしでかかると高額な初診料がかかりますからね。
つまり、一般の小児科で臍ヘルニアを診てもらってたけど、「これはムリでしょ」とか「治らないな…」というお子さんが小児外科に紹介されてくるわけで、前提として難しい患者さんばかり診ているわけです。
全ての臍ヘルニアの患者さんをカバーして診ているわけではありません。
これでは施設によって治療成績に差が出て当然というわけです。

最後に、どれほど治療成績に差があるか、実際の論文報告を示しておきましょう。

臍ヘルニア圧迫療法のレジェンドの大塩先生は、
大塩猛人, 羽金和彦: 本邦における乳幼児臍ヘルニアの診療方針に対するアンケート調査報告. 日小外会誌, 47: 47-53, 2011.
において、99.1%もの臍ヘルニア治癒率を報告しており
平岡政弘: 乳児臍ヘルニアの頻度と圧迫固定療法の効果. 日児誌, 118: 1494-1501, 2014.
の報告では、実際も圧迫療法を行うことで、巨大な臍ヘルニアに対してより早期のヘルニア門の閉鎖が得られ、余剰皮膚が目立たずに治癒できるという効果もあると報告されています。
一方で、これは僕も関わった論文ですが、日本における最大母数の報告
谷口直之ら 自然経過観察例と比較した乳児臍ヘルニアのテープ固定療法の有用性-第46回九州小児外科研究会アンケートから- 日小外会誌, 55: 920-926, 2019.
によると、九州地区全体(1,312人の臍ヘルニアの治療経過を見た報告)で臍ヘルニアの自然経過での治癒率が44.0%(皮膚余剰例を含めると56.8%)であったのに対して、圧迫療法を行った場合の治癒率は75.1%(皮膚余剰例を含めると85.2%)と報告されています。

いやいや、差がありすぎでしょ…。
これは、自分で定義決めて調べるっきゃない!!

ということで、やっと次回から研究です。
前置き長…

(続く)

本研究内容補足事項
<論文>
佐伯 勇ら: 巨大臍ヘルニアに対する手術時期による臍輪収縮率の違い 日本小児外科学会雑誌 52(2): 259-63, 2016.
佐伯 勇ら: 巨大臍ヘルニアに対する乳児期早期の根治術―腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術と同時施行した4例 日本小児外科学会雑誌 51(2): 255-8, 2015.
佐伯 勇: 特集 境界領域の診療 外科的疾患 鼠径ヘルニア,臍ヘルニア 小児内科 51(10) 1544-1547, 2019.
佐伯 勇ら: 特集 臍ヘルニア:手術と圧迫 巨大臍ヘルニアの治療法 小児外科 50(4) 355-358, 2018.
<著書>
佐伯 勇:巨大臍ヘルニアの治療戦略 臍の外科 Ⅱ疾患各論 臍ヘルニア/臍ヘルニアの手術 p55-58, 2018.
佐伯 勇:臍の異常 小児栄養消化器肝臓病学 日本小児栄養消化器肝臓病学会 編集 p389-91, 2014.
<学会発表>
第1回小児へそ研究会
第3回小児へそ研究会
第4回小児へそ研究会
第52回日本小児外科学会
第44回日本小児栄養消化器肝臓学会
第5回日本小児診療多職種研究会
第7回日本小児診療多職種研究会
など多数
<院内倫理委員会>
なし

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