(第10回) 【小児外科医の論文解説】小児の鼠径ヘルニア 前編
小児外科と言えば鼠径(そけい)ヘルニア!
僕も小児外科医になって長いですから、数件の鼠径ヘルニアに関する論文や、教科書の執筆をしています。
その文献から、内容を少し紹介していきます。
なぜ小児外科と言えば鼠径ヘルニアなのか。
頻度が圧倒的に高いため、手術件数がとても多いのです。
あまりにも多くて、小児外科の手術の3割くらいが鼠径ヘルニア関連の手術であると言われています。
ちなみに大人もよく鼠径ヘルニアになりますが、機序が違う場合があるので、今回は「小児の鼠径ヘルニア」に限ったお話です。
<鼠径ヘルニアって何?>
それは鼠径部(またの付け根)の部分が、ぼっこりと膨らむ病気です。
押さえると「ぐしゅっ」と音がして、引っ込みます。
年少(1才未満)の子では腸管が出ていることが多く、年長さんになってくると大網という腸の表面を覆っているエプロンのような組織が出ていることが多いです。
昔は腸が出るから「脱腸」と呼ばれていました。
<なんで“出る”の?>
鼠径ヘルニアの頻度は非常に高く、50-100人に1人の子どもが発症するとされています。
おなかから臓器が“出る”からヘルニア(ヘルニアとはでっぱるという意味)と呼ぶのですが、なんで多くの子ども達でそんなに臓器が鼠径部に出てしまうのでしょうか?
その原因を説明するには、胎児がお母さんのおなかの中で育っていく際の、「発生学」をひもとく必要があります。
男の子の精巣になるものと、女の子の卵巣になるもの。それを「性腺」と呼びますが、これは最初は胎児のおなかの中でできあがります。
そして、女の子ではおなかの中にとどまって卵巣になりますが、男の子では鼠径部のトンネル(「鼠径管」と呼びます)を通って、陰嚢までおりてきます。
そして陰嚢まで下降すると、めでたしめでたしということで、鼠径管は閉鎖します。
しかし!
この鼠径管がわりと閉じにくいわけですね。
そこで、鼠径管が開いたまま出生してしまうと、そこに腸などが脱出し、鼠径ヘルニアとなるわけです。
確かにすごく早期に(27週とかで)出生してしまったとても小さな男の子とかを見ると、おちんちんはあっても精巣はまだ下降してきていません。
そのような早期産児では、非常に効率に鼠径ヘルニアを発症します。
<自然と治らないの?>
胎児の時期に自然と閉じるのなら、産まれた後も自然と閉じるんじゃないの…?
と思うかもしれませんが、自然閉鎖の確率は10%程度しかありません。
特に、いつも腸が出ているようなお子さんは自然と治ることはほぼありません。
長年臨床をしてきた実体験から言いますと、「自然と閉鎖した」というお子さんであっても、たいてい3才くらいで活発に動くようになってくるとまた出るようになって、手術になることが多いという印象です。
<どんな危険があるの?>
小児の鼠径ヘルニアは実はとても危険な合併症をおこします。
嵌頓(かんとん)です。
これは特に1才未満の赤ちゃんに多いことから、親もなかなか気が付かないので注意が必要です。
腸がたくさん出ることで根元が締め付けられてしまい、血が通わなくなります。
すると腸が破れてしまい、最悪の場合命にかかわるのです。
男の子では、命は助かっても嵌頓を起こした側の精巣が萎縮してダメになってしまうこともあります。
そして女の子では、腸ではなくて卵巣が出ることがあります。
卵巣が嵌頓してしまうと、このように真っ黒になってしまい、片方の卵巣が失われてしまうのです。
僕は数件このような経験をしたので、女の子で卵巣が出ているお子さんには、なるべく早めの手術をお勧めしています。
ちなみに嵌頓した場合、年長児は「痛い痛い!」と激しく訴えますので分かりやすいですが、赤ちゃんは分かりにくいです。泣くだけですからね。
激しく泣いて、そして時折吐いて…という赤ちゃんには、おむつをめくって見てみることをおすすめします。
<ヘルニアじゃなくて水腫かもって言われました>
これもあるあるですね。
基本的に水腫とヘルニアは同じものです。
ヘルニアは臓器が出ますが、水腫はおなかの中の水(腹水)がでて、水風船みたいになっています。
臓器が出ていないので早期に手術をする必要がなく、自然と改善することが多いとされています。
しかし、なかなか治らないお子さんや、すごく大きな水腫の子では手術をしますが、基準は施設ごとに違いがあります。
<手術ってどうするの?>
ヘルニアの手術法って多いんですよー。
Potts法に、Lucas-Championniere 法,Mitchell-Banks 法…。
僕が医者になった頃は、上司から「違いを言ってみろ!」なんて聞かれて困ったものです。
しかし!その後すぐに、全く違う手術法が日本を席捲しはじめました。
Takehara H et al: Laparoscopic closure for cantralateral patent processus vaginalis of groin hernia in children—a new technique—. Proc Pac Assoc Pediatr Surg, 1: 70, 1997
嵩原ら:小児鼠径ヘ ルニアに対する腹腔鏡下手術―LEPC法―.外科治療,86: 1005-1101, 2002.
腹腔鏡での鼠径ヘルニア根治術、嵩原先生が報告した「LPEC法」ですね。
今では僕も全例この方法で手術しています。
これまであった手術の方法はすべて、鼠径部を切開し。ヘルニアの袋を外から見てしばるという手術でした。片側20分程度で終了する手術です。(すごく慣れた先生は10分で終了します)
それに対し、腹腔鏡の手術は、おへそからカメラ(腹腔鏡)を入れ、ヘルニアの袋をおなかの中から見ます。もちろんですが、穴があいているように見えます。そこをしばるという手術です。
この下に手術画像が出ます。
別に血とか出てませんし、そんなに激しい写真でもありませんが、
苦手な方は読むのをやめましょう。
おなかの中から見ると、ぽっかり穴があいていますね。
これが「ヘルニアサック」といって、臓器が出ていく穴です。
ここに腸などが入るので、鼠径部がぽっこり膨れるんです。
つまりここを塞げばいい。
「ラパヘルクロージャー」という、専用の先端から糸をつかめる輪っかが出てくる針を使って穿刺し、この穴のまわりにぐるっと1周糸を回し、体の表面からしばると、写真右のように穴がふさがる…というわけです。
とても分かりやすい手術法ですね。
しかしこのLPEC法、当初は「ヘルニアごときにわざわざ腹腔鏡?鼠径部切開の方が簡単なんだけど」「男児では精管をはがすのが難しいんじゃないの…?合併症おきそう…」と懐疑的な意見が多数でした。
しかし!報告から20年以上が経過し
2024年現在、全国で半分以上の患者さんがLPEC法で手術をされています。
なぜか?
LPEC法は十分に安全であることが知られてきただけではなく、圧倒的な利点があるからなんですねー。
ここから後編に続きます。
本研究内容補足事項
<論文>
Isamu Saeki et al: Features and techniques of laparoscopic percutaneous extraperitoneal closure (LPEC) for ovarian hernia. Journal of Laparoendoscopic & Advanced Surgical Techniques 29(2): 278-281, 2019 doi: 10.1089/lap.2018.0425.
佐伯勇ら:腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術(LPEC法)を開始して 広市病医誌 29(1) 43-8, 2013.
佐伯勇: 特集 境界領域の診療 外科的疾患 鼠径ヘルニア,臍ヘルニア 小児内科 51(10) 1544-1547, 2019.
など
<著書>
佐伯勇:鼠径ヘルニア 小児栄養消化器肝臓病学 日本小児栄養消化器肝臓病学会 編集 p382-4, 2014.
<学会発表>
第53回日本周産期新生児学会
第2回日本小児へそ研究会
第55回日本小児外科学会学術集会
など多数
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