
母の入院
根性で72歳までを生き延びて来た女傑
母アツコは見た目の普通のおばちゃん感とは
裏腹に、一本筋の通った、気合の入った
太めでキツネ目の持ち主である
長年足が痛い、腰が痛いと言いながら
繁華街に出ると水を得た魚のように
けっこうなスピードで歩きまくるため
隣にいると、別に痛くないんちゃうかと
錯覚させられてきた
そんなアツコが、とうとう観念して
大きな病院で手術を受けることになった
すり減った股関節を人工のものと付け替えるらしい
レントゲン写真をみると、確かに右の股関節と
それを受けるとこの骨がガリガリしてる感じ
足の長さに左右差があることも手伝って
そしてシンプルに歩きすぎて、こんなことになったそうな
まさに骨身削ってるー!!!
「骨の状態でいうと、末期」と医者に言われてもなお、顔をしかめながら歩みを止めないアツコ
一体どこへ行こうと言うのか
手術の前もケロッとお医者さんに軽口をたたき
ずっと気丈にふるまっていたアツコだが
さすがに手術室から出て来た時は、朦朧とした
表情で、それでもなにやら一応喋ろうとしていた
病棟に戻り、自室のベッドで少しずつしゃべっていたら、寒気と吐き気で震え出した
絶食してるから何も胃には入ってないけど
麻酔の影響で、よくあることらしい
何度かにわたって小さな容器に嘔吐していて
看護師さんの処置を受ける母の背中をさすっていた
看護師さんにとっては邪魔だったかもしれないし、母は必死で気づいてなかったかもしれない
娘の私が母の背中をさすっていたことに
ただ、ありきたりなこの行為には、私にとって特別な意味がある
20年以上前、喉に癌ができて、私は古い大きな病院で闘病していたことがある
治療のためのあらゆる辛さに耐えながら
退院を楽しみに歯を食いしばる日々
抗がん剤の副作用で、常にひどい船酔いのような状態でいた
口腔内は真っ白になる程口内炎でただれていて
意識があることが恨めしいくらいに痛くて
痛みのせいで眠ることもできず
辛くて泣いていると、病棟看護師から
「中学生だってがんばってるんやから、それくらいで弱音吐いたらあかんわ」などと言われたりして、心情的にも追い打ちをかけられていた
そんな時に、欠かさずお見舞いに来てくれていたアツコは、吐き気で苦しむ私の背中を
さすってくれていた
時間にしたらそんなに長くはなかったのかもしれない
でも、背中さすってもらうって、こんなに安心するんやな、って初めて実感した
母の背中をさすったのも、ほんの一瞬で
本人は覚えてないかもしれなくても
私がもらった安心を、少しでも感じてもらえたとしたら、家に帰ってから思い返して涙が出た
リハビリを終えて、おそらく2週間後には
退院して、少しずつ日常を取り戻すだろう
大好きな旅行にもずんずん出かけて
小さな自慢をくり出してくることだろう
それまでの不自由な時間を、味気ない入院生活を、少しでも豊かな思い出に変えてもらうことができたら
そう願って、私は今日も明日も仕事帰りに自転車をこぐのだ
いいなと思ったら応援しよう!
