マガジンのカバー画像

嵯峨野綺譚  京都嵯峨野を舞台にした奇妙な物語集

10
京都 嵯峨野を舞台に物語をいくつか書いてみました。 「観光地 嵯峨野」のイメージとはまた違った嵯峨野の貌をみていただければ幸いです。
¥500
運営しているクリエイター

記事一覧

嵯峨野綺譚~子狐~

嵯峨野綺譚~子狐~

 夕暮れが近づいていた。
 湿った雪がほとんど横殴りに降りしきっていた。

 寒うぅ・・・。
 薄手のセーターの上に黄色いジャンパー、手袋はしていなかった。
 手の甲のあかぎれから血が滲んできたが、かじかんでしまって痛みの感覚がない。
 風が一陣吹き過ぎて、雪が舞い上がった。

 僕はあたりを見回した。
 とっくに稲刈りの終わった田圃の向こうに大沢の池を取り囲む木々が、その手前には小さな古墳が、黒

もっとみる
嵯峨野綺譚~カミノキ神社~

嵯峨野綺譚~カミノキ神社~

 ついこの間までな、大きな榎(エノキ)の木ィがようけ生えとったんやけどな、台風でな、折れてしもてん。
 榎の葉っぱの影でな、祠の前に立つとな、昼間でも薄暗かったもんや。涼しいてな。
 皆、ようお参りしはった。朝晩燈明絶やさんとな。
 いまではもう、スカスカや。殺風景なもんや。木ィ、みな切ってしもた。
 昔は子供の遊び場でな。
 狭い境内をぐるぐるぐるぐる走り回っとった。
 子供減って、もう、遊ぶ子

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~白鷺の池~

嵯峨野綺譚 ~白鷺の池~

  そうなんです。昔、ここは釣り堀だったんです。私の両親が経営していました。何十年も前のことです。
昭和の時代ならどこにでもある釣り堀でした。嵯峨にも、ここ以外に二ヶ所ありました。今では広沢の池の近くに一つ残っているだけです。
 ほら、そこの空き地のところ。そこに建屋があったんです。簡単な食堂があって、釣り道具を貸したり、餌を売ったりしてました。横には駐車場があってね。5-6台くらいは停められまし

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~古墳の樟~

嵯峨野綺譚 ~古墳の樟~

「オマエら!なんヤァ~!」
「あっちぃ!いけぇ!」
「Gyeaaaaaaaaaaaa!」
おかるは喚き続ける。
怪鳥のような叫び声をあげて。
垢にまみれて茶色がかった紅白の着物で、白髪混じりの髪を振り乱して。
「オマエら!なんヤァ~!」
「あっちぃ!いけぇ!」
「Gyeaaaaaaaaaaaa!」
おかるは喚き続ける。
食べ残した残飯を投げつけつつ、怪鳥のような叫び声をあげて。
「オマエら!なんヤ

もっとみる
嵯峨野綺譚~来訪者  ~

嵯峨野綺譚~来訪者 ~

 「おい、彦九郎。久しぶりじゃの」
 「おっ、これは了以殿。大変ご無沙汰致しております。お元気でいらっしゃいまするか?」
 「おう、おかげさんでの。おぬしも息災か?」
 「はっ、おかげさまで。最近は排ガス規制のおかげでこの辺りの空気もずいぶんきれいになり申した」
 「そうか。それは何よりじゃ」
 「ところで了以殿、今日はまた何用で三条大橋くんだりまで?」
 「いやさ、ここ数年京都市内にもマンション

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸  最終回~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸  最終回~

 シャリン、シャリン。鉦の音が近づいてくる。鉾を先頭に神輿が続く長い隊列は御旅所を出て通りを北上してくる。たいして広くない通りの両側には見物客がひしめいている。
 よく晴れた5月の空の下を、祭りの列はゆっくりと進んでくる。
 鉾の長さは電柱の高さを超える。男性の脛くらいの太さがあって先端には鉾の切っ先が、その下には金色の房飾りがあって鉦がついている。さらに幟まで下がっているので相当な重さだ。これを

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.2~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.2~

 「高校のとき、うちの両親離婚してさ。リョウくん、知らんやろ?その頃のこと」
 「ああ、そうやなぁ・・・。」
 居酒屋を出て皆が解散した後、僕はなんとなく久美子と一緒に歩いていた。すぐに診療所の前まで来た。
 「お母さん、看護婦の資格持ったはったから、ここで働きださはったんよ」
 久美子とは中学、高校と一緒だったが特に親しかったわけではない。特段美人というわけでもなく、自己主張するタイプでもなく、

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.1~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.1~

 どこか甘い香りのする晩春の夜の空気に乗って「シャリン、シャリン」と鉦の音が聞こえてくる。久々に聞く鉦の音だった。
 僕は鉦の音のする御旅所(おたびしょ)の方に向かって歩いていた。

 5月の下旬は嵯峨の地にとって祭りの季節。愛宕山頂にある愛宕神社と渡月橋にほど近い野々宮神社の合同祭が行われる。
 鎌倉時代に遡るという古い祭りだが、戦後は廃れて神輿の担ぎ手もいなくなり、神輿を載せたトラックが嵯峨一

もっとみる
嵯峨野綺譚~空電の彼方~

嵯峨野綺譚~空電の彼方~

 嵯峨野に降る夕立は二方向からやってくる。丹波山地を越えて愛宕山の方からやってくる夕立と、嵐山を越えて西方、北摂の山伝いにやってくる夕立と。
 土地の古老に聞くと「そらアンタ。嵐山のむこ(向こう)からくるヤツのほうがキツイがな」

 さっきまで、その嵐山の向こうからきた猛烈な夕立が降っていた。いつもなら夕暮れ時の残光が嵯峨の野を照らす時刻に、数時間早く夜が訪れたように空が掻き曇り、生暖かい風が数陣

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~白蛇~

嵯峨野綺譚 ~白蛇~

 京都盆地の西北の端にある愛宕山は古い修験の山だ。盆地を挟んで対峙する比叡山より高く、標高は1000メートルに少し足りない。

 山頂には千数百年の歴史を持つ愛宕神社があるが、山腹にも月輪寺や空也の滝といった古跡を抱いている。

 その日いつものように表参道から愛宕神社に詣で、下りは月輪寺経由の別ルートを辿った。けっこう険しくて整備の行き届いていない未舗装の登山道を降りきって林道に出るところから、

もっとみる