寂しさを肴に飲みに行く#7
どうしても寂しいが勝つ日がある。
慣れない環境に長時間さらされた日とか、ちょっとしたモヤモヤを感じた日とか。どんだけ頑張って虚勢を張っても寂しいが勝ってしまう日が、たまにある。いま風が吹いたとしても、寂しいと思ってしまうだろう。とてもじゃないけどTOMOOみたいに「わたしの形を軽やかになぞる筆」とは捉えれない。そんなメンタルだ。
ここ数年、こういう日の解決法は簡単だった。彼女に電話なりラインなり連絡を取って、元気をもらうこと。スタンプ一個でも元気をくれたあの子がいた頃は、寂しさに負けても全然問題がなかった。
でも、今は咳をしても、しなくても1人。
いつもは誰かしら残業してるのに、同期も先輩も、今日はみんな早く帰っていた。
それがまた一層、寂しさを増長させた。
とりあえず仕事はもうできない。そう思って会社を出て、ラーメンを食べに行こうと思ったけど、それもなんだか寂しかった。
だから思い切って、飲みに行ってみた。
あんまり僕は1人飲みをしたことがない。あって鳥貴族で一回くらいだ。
会社の近くの居酒屋で、一度先輩と来たことのある店があった。カウンターもあって、ちょっと高いけどめっちゃ美味しかった。よし、あっこに思い切って行ってみよう!
そう意気込んで入店すると、「席があくまで!」と、僕は入り口目の前にある立ち飲みスペースに通された。
人生初の立ち飲み。
…立ち飲みって、どうやって立ったらいいんですか。
通された机を前に、僕は落ち着かない鼓動をもてあましながらとりあえず壁に貼られたメニューに目を通しながらも、頭の中を支配していたのは「どう立てばいいのか」という至上命題だけだった。重心はどこに置くのが正解なのか。手はどこに置くべきか。動線がわからなくて挙動不審になりがちな身体測定の1人目の気分だった。もう目の前の壁に、人見知りをしそうだった。
とりあえず店員を呼んで、呼んでから、メニューをろくに見れてないことに気づいた。慌ててメニューをちゃんと見て、とりあえず美味しそうなハツ差しとカモのタタキを頼んで、多分美味しかったクレソンの本わさび和えを頼む。あと梅酒ソーダ。
「量が全部多いのでハーフサイズで出しましょうか?」
かっこいいお兄さんの提案に、お願いします!と食い気味にうなづく。コミュ障特有のテンポの相槌に対してもお兄さんは笑顔で頷いてくれた。この店、大好き。梅酒も半分で来たらどうしようと一抹の不安を感じながら、ご機嫌で料理を待つ。重心は右足踵、手はスマホに頼ることにした。空いてる方の手は、だらんとする。僕の自意識が、左手のポケットへの侵入を阻止する。
程なくして梅酒が1人分来て、僕はそっとグラスに口をつける。やっぱり心の中では、乾杯とつぶやいている自分がいた。
お酒が来たらようやく立ち飲み感が出てきた。入り口前で立たされている感は払拭できたので、これで万が一会社の同僚が入ってきても「え、なんで突っ立ってるの?」とはたぶんならない。そんなしょうもない安心感を抱えながら梅酒を潜らせていると、「席開きました!」と声がかけられた。
僕の立ち飲みデビューは五分で終わった。
通された席はカウンターじゃなくて、店に4席くらいしかない2人がけのテーブルだった。空いてる席にカバンをおいて、広い机に置かれたクレソンと茄子を啄む。やっぱりテーブル席は落ち着いた。ほっと息をつきながらクレソンの苦味を味わって、noteを書き始める。
不思議なことに、さっきまで心を締めていた寂しさは、見えないところに散っていた。消えたんじゃなくて、あくまで見えないところ。でもついさっきまで感じていたどうしようもない寂しさとは随分遠いところに立っていた。
今回はたまたまかもしれない。でも新しいことをやってみると、ドキドキとか焦りとかテンパリが強すぎて、嫌なことをちょっとだけ遠くにおしやれるのかもしれない。
いま風が吹いたとしたら、たぶん僕の輪郭を軽やかになぞる筆だと思える気がする。
この例えの部分が分からない人は、(TOMOOの「あわいに」を聞いてみてください。名曲です。)