短編恋愛小説w「群青色の記憶」
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私は物思いに耽りながら、パソコンの画面をトロンとした気分で眺めていた。トロントといっても、カナダのトロントではない。トロンとした気分とは、人肌のぬるま湯に浸かって春先の桜をボンヤリ眺めているような何とも言えないゆらゆらとしてハッキリしない気分、ということだ。
エアコンの風は、恍惚としたこの時間にひんやりと穏やかでやさしい感触を、私の身体に当てていた。
パソコンの画面には、群青色の水着を着た若い娘が臀部をこちらに向けたまま振り返っていた。
私は、妻の若い頃を思い出していた。
あのころ妻は、夏の海でこのパソコンの娘と同じように濃い海のような色をした水着を着て、私の前でその群青色の布に包まれたはち切れんばかりの果実を振ってみせたものだ。
私は、女性は果実の塊だと思ったものである。
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「キモッ」
何これ、と長女のケイコが言って顔をしかめた。
「ああ、それは見ちゃいかん!」
「もう見たわよ」
「何書いてるの、お父さん」と私はケイコに少しの強めの口調で言われて、あたふたと狼狽えた。
私は、机の上に出しっぱなしにしていた小説の原稿を読まれてしまったのだ。
「小説だよ」
私は気恥ずかしい思いを振り払うように言った。
「小説? キモ過ぎなんだけど」
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