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短編小説w「厄介な詩人の祝辞」

私は詩人だ。

これは自称だが、詩人などは大体自称だからこれでいいのである。

昔は、バンドでオリジナル曲を作ったりしていた。ギターのヤツを除いて、他のメンバーが歌詞を書けなかったので、私が歌詞ほとんどを書いていた。これだけでも私は詩人といってもいいと思う。よく詩と歌詞は違うという人がいるが、私は違うと思う。違うと言っても詩と歌詞が違うということが違うということだ。

つまり、詩と歌詞は同じだと言いたいのであるが、それは私の個人的な経験から来ている。

私は、詩を書くときも歌詞を書くときも特段違いを感じないからだ。

私の場合は歌詞を書くとき、大抵メロディがあってそれに合わせるように歌詞を書いていた。いわゆる”メロ先”というやつだ。

メロディは自分で作る場合もあるが、ほとんどはメンバーの誰かが作ったものだった。

一方で詩を書くときは、頭の中でメロディが鳴っていることが多い。

そうすると詩にもメロディが付くことになるわけだが、詩の場合はこのメロディは公表、発表されることはない。

このプロセスは歌詞と詩で全く変わらないのだ。

あるときは、頭の中でバンドの演奏が鳴っていることもある。

私はこの”オケ”に乗りながら即興で言葉を紡いでいく。

これは実際のバンドではやっていなかったが、いわゆるポエトリーリーディングというやつだ。

言い忘れていたが私はバンドではヴォーカルをしていた。

私はパティスミスやジムモリソンなんかをイメージしながら即興で詩を書いていくわけだ。

「井原さん、お願いします、タイムマシンズの結成15周年のライブイベントに出てくださいよ。朝倉さんもきっと喜びますから」

後輩のミタカが少し芝居がかった切実さで俺に言った。バーは薄暗くミタカの顔は良く見えなかったが、顔の陰影は申し訳なさそうな、また懇願するような表情をほのめかしていた。

「オレはもう音楽はやってないし、バンドもないからそれは無理な相談だよ。朝倉もオレにライブに出てほしいとは思ってないだろうよ」

そんなことないっスよ、とミタカは言ってアルコールの入ったグラスに口を付けた。

朝倉とは当時一緒にバンド組んでいた。

朝倉はギターでオレはヴォーカルだった。私は楽器が苦手だったので、ヴォーカルしかできなかったが、朝倉は歌も歌えた。

ある時、朝倉は自分で書いた歌詞は自分で歌いたい、と言い出した。

なんだ、オレの歌が気に入らないのか、と思ったが私は朝倉の申し出を了承した。そういうスタイルのバンドは昔からよくあるからだ。

ライブで朝倉が歌を披露するようになって、バンドの人気が上がってきた。

朝倉は背も高くルックスもよかったので、ステージでは良く映えた。

身長がそれほど高くない私は、朝倉が自分の歌を歌っている間、手持無沙汰でギターを抱えたりしていたが、何とも言えないフラストレーションを溜め込んでいた。嫉妬心がなかったと言えばウソになるだろう。

朝倉は、ギターをダラリと下げて演奏しながら歌い、間奏ではギターソロも弾いたりしたので、いよいよ私は居場所がなくなったような気がしていた。

バンドの人気が上がる一方で、私の書く歌詞がだんだんと捻くれて恨みがましい感じになっていったので、方向性の違いを理由に私はバンドを脱退してしまった。

その後、私は別のバンド組んだりもしたが、うまくいかずに結局バンド活動自体もやめてしまった。

一方の朝倉はバンド名を「アーサークラークとタイムマシンズ」
に変えて順調に集客数を増やしていった。

一度プロデビューもしたが、プロの世界ではなかなかヒットが出ずにすぐにインディーズに戻ってきた。

結局、朝倉もマニアックなファンをなんとか取り込んで活動を続けていたが、それでも15年周年にもなれば大したものだと私は思った。

「井原さん、演奏はウチでやるんで歌ってくださいよ」

ミタカは、自分のバンドで演奏をするので私に歌ってほしいと言った。

私は、それならポエトリーリーディングをやりたい、と言った。

ミタカのバンドは4コードのループを演奏している。

私が活動をやめたのはもう10年以上前なので、私のことを知っている人はほとんどいないだろう。私は朝倉のためだけに詩を読み上げそのまま帰ろうと思っていた。

朝倉たちは自分たちの楽曲を演奏し、一旦ステージからはけていた。私のことは聞いているはずだが、姿は見えない。でもそれでいいのだ。

私はステージを歩いていきマイクの前に立った。

ミタカのバンドの演奏が少しおとなしめにヴォーカルが乗る空間を作る。

私はポケットから、破ったノートのページを取り出し読み上げ始めた。



オレは詩人だ

オレは厄介な詩人だ
オレは厄介な詩人だ

だから俺は厄介な言葉を綴る

オレは嫉妬深い詩人だ
オレは嫉妬深い詩人だ

だからオレは嫉妬深い言葉を綴る

オレは才能のない詩人だ
オレは才能のない詩人だ

だからオレは才能のない言葉を綴る

イカれた月がオレの頭上を通り過ぎ
傲慢な水平線に沈むとき
絶望の太陽がオレの目を焦がし
朝鳥の鳴き声がオレの耳を突き刺す

オレが感じる世界の向こうは
幾重にも重なる映画のフィルム
過去と未来があるのなら
オレはこの手でくすんだ想像の粘土をこね回す

ヤツはまるで童話の騎兵隊
オレは下からジャックのように見上げたものだ
ヤツの引っ掻くブドウ色の弦楽器
キーキー鳴らすキリギリスの羽音のように

ぶちまけたアルコールは地図を作り
この先とその先を描き出す
オレは鉛筆万年筆にボールペン
書いて破いて書いて破いて

思い出しても忘れるつもりの
いびつに曲がった虫のような文字を
ペン先でちょいちょい突きながら
並べて壊して並べて壊して

たどり着いたところで茂みの中の道祖神
漆黒の羽を広げて上から見下ろすその上に
闇を切りさく光の粒子が
四方八方所かまわずにオレの身体を包み込む

オレがオレがと言いながら
お前が張り上げる声に吹き飛び
謎と答えが渦にまみれて
オレは言葉を紡ぎだす

オレは厄介な詩人だ
オレは厄介な詩人だ

だからオレは厄介な言葉を綴る
だからオレは厄介な言葉を綴る

朝倉、15周年おめでとう!

私は、ステージを降りミタカに軽く手を上げ、そのまま家に帰った。

おわり


※)少し肌寒くなってきましたね。季節の変わり目ですから身体には気を付けましょう。スキ/フォローありがとうございます。励みになります。


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