「運動の神話」を読んで自らを見つめ直す
ダニエルE・リーバーマンの『運動の神話』を手に取り、私は自分のトレイルランニングへの向き合い方を再考することにした。「本当に我々は運動を避ける生き物なのか?」という問いに、リーバーマンは「そうだ」と断言する。言い換えれば、「人は本能的にソファとポテチとコーラに引き寄せられる」と。そう、まさに私のランニングライバルが、過去の自分じゃなくてソファに座っている自分なのは間違いない。
リーバーマンは、私たちが運動を避けるのは生物学的に合理的だと言う。昔の人々は食料を求めて走り回り、生き残るためには無駄なカロリーを消費しないよう努めていたらしい。「だからソファとポテチが私の天敵なのか!」と膝を打つ。どうりで、休日にトレイルランをしようとすると、頭の中で「今日は休んでいいよ」という優しい声が聞こえるわけだ。
でも、私がトレイルランニングをする理由はただ「痩せたい」とか「健康のため」だけではない。山頂にたどり着いたときの達成感と、自然の中で心が洗われるような感覚がある。八方尾根のゲレンデをのろのろと登りながら、何度も立ち止まったあの時だって、疲れ果てたけれど振り返った景色には思わず笑みがこぼれた。リーバーマンは「運動が楽しいものになれば、私たちは自然と動くようになる」と言っているが、これはまさに私が感じていることだ。
もちろん、リーバーマンの説を聞いて「もう運動しなくていいんだ!」と解釈するのは間違いだろう。彼は私たちが運動を「嫌う」理由を解説しているだけで、それを「やらない理由」にしようとしているわけではない。むしろ、運動が私たちの健康や生活にどれほど有益であるかを強調している。だからこそ、私は「今日はポテチを食べながら映画を観るか、トレイルを走るか」という究極の選択に直面したとき、「両方やる」という結論に達する。
雨の日なんかは特に試練だ。頭の中では「今日はサボってもいいじゃないか」という声が響く。でも、「天からのシャワーでリフレッシュ!」という気持ちで、結局靴ひもを結び始める。そう、私はリーバーマンの言う「運動を嫌う本能」と戦いながらも、なぜか山道に足を運んでいる自分に気づくのだ。
だから、今の私のトレイルランニングの向き合い方は、リーバーマンの教えを踏まえてこうだ。「運動する理由は本能に逆らうためじゃなく、楽しいからやるんだ」と。そして時々、ポテチ片手にトレイルを思い返しながら、次の冒険に備える。それでいいじゃないか。