【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第10話
第10話 段ボールで短歌
段ボールに荷物を詰めてまた出してまた詰め出して溜息をつく
あはははは。なんだ、これ。
あ、失礼しました。筑後川敦です。
これは、妻の美花がつくった転妻(転勤族の妻)の短歌だそうです。短歌はまったくわかりませんが、これでいいのでしょうか? 私は建築科だったので、文系は苦手でして……。んー、でも、教科書に載っていたのとは、だいぶ違うような気が……。え? ああ、そう。今、横で妻が「これは現代短歌なの」と言ってます。因みに初句は、字余りだそうです。
短歌の良し悪しはわかりませんが、この短歌、転勤族的にはすごく真理をついていると思います。引っ越しのプロの私が言うんですから、本当です。
皆さんのなかには引っ越しをしたことがない、あるいはほんの1、2回引っ越したことがある、という幸運な方もいることでしょう。ああ、心底羨ましいです。
我々転勤族は常在戦場的に引っ越しの準備をしていると言って過言ではありません。そう、365日引っ越しが頭に存在し、いつでも越せる状態なのです。
具体的にどういうことかと言いますと、缶車には米や塩がそうであるように、段ボール箱が常備されています。それらは、折りたたまれてストックされているわけではありません。常に、ある一定量の荷物がそれら段ボール箱のなかに収納されているわけなのです。
ええ⁈ それって、なんか貧乏くさくない? ズボラなだけなんじゃないの?
と思う方も多い事でしょう。
確かに私も若かりし頃、上司の缶車の部屋に遊びにいった際、多くの段ボール箱が積まれたままになっているのを見て、いい大人が貧乏臭いと感じました。しかし、その後、自分が転勤のため引っ越しを重ね、人生の苦さも酸っぱさもわかってきますと、あの時見た数多の段ボール箱と上司の顔を思い出し、「お疲れ様です」と深々と頭を垂れる思いでいっぱいになるのです。
転勤は基本3年ごとにあります。場合によっては2年の時もあります。4月1日付けで新しい職場に移動するために引っ越しをし、1年目が過ぎていきます。2年目にはもう荷物を段ボール箱に詰めながらの生活が始まるのです。というのも、例えば夏に履いた妻のサンダルは、翌年の夏には転勤した新しい土地を歩くことになるかもしれないからです。つまり、2年目の夏が終わると夏物の服等は段ボール箱に詰めてしまいます。
へえ~。でももしかしたら転勤が3年後になる場合もあるんじゃないですか? と思う方もいることでしょう。
そうなのです! その通り。その場合は空振りです。
2年目に段ボール箱に詰めてしまった夏服を引っ張り出して、3年目の夏に着ることになるのです。そして、3年目の夏が終われば、もうあとは転勤しか残っていません。確実に夏服は新たな土地で着ることになりますから、また段ボール箱に詰めます。
……わかっていただけますでしょうか? この無限ループのような、効率がいいのか悪いのかわからない、無駄な労力を使いまくりの徒労感……
おっとぉ。妻の美花が大きな溜息をつきながら、冒頭にご紹介した短歌を一筆箋に書いたようです。因みに、その一筆箋は、妻お気に入りである古墳柄です。
「それ、なになに?」
妻が書いたものに興味津々のきいちゃん。妻は朗々と自作の短歌を読み上げます。
「段ボールに~荷物を詰めて~また出して~また詰め出して~溜息をつく~~~」
歌会始風だそうです。きいちゃんがきゃっきゃっと喜ぶものだから、妻は繰り返し朗々と読み上げます。するとまた、きいちゃんが、きゃっきゃっ。うんうん。楽しそうなので、よしとしましょうか。皆さん。
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