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【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第6話

第6話 妻の備蓄は少々さみしい

 皆さん、聞いてください。夫の方、筑後川敦です。先週の土曜日午後にあった件について、皆さんでしたらどう思うのか、ちょっとお聞きしたくてですね。
 週末は夫婦2人で一週間分の食料や日用品などを買いにいくことにしています。私達が缶車の玄関から外へ出ようとしますと。
「きいちゃんも、きいちゃんも」
 きいちゃんが騒ぎ出します。妻曰く、お外デビューをしていないきいちゃんは、留守番です。
「なるべく早く帰ってくるからね、きいちゃん」
 妻がなだめ、我々は缶車を後にしました。
 私が運転し、助手席には妻の美花。独身のときとは違って、こういうのもいいものですね。完全に週末モードになって、ハンドルを握っていてもさわやかな心持ちがするのです。
「きいちゃんがいるから、なるべく早く帰らなきゃね。ふふふ。まさかこんなことになるなんて、ね?」
 妻は文句を言っている風ですが、実は嬉しそうです。
「あ、そうだ、シャンプーの詰め替えもうなかぁ」
「あれ? あっちゃん用の、そうだっけ」
「そうばい」
「じゃあ、買わなきゃね」
 なんて会話も楽しいものです。
 大型スーパーに着きました。カートに買い物カゴを2つセットし私はそれを押しながら、妻のあとについていきます。私の方が前を行きますと、いつの間にか後方にいた筈の妻は行方不明ということが何度もありましたので、学習したわけです。ははは……
 野菜コーナーからはじまり、肉、魚、乾物、調味料と順番に回っていき、シャンプーを求めて日用品のコーナーに差し掛かると、一番目立つ前面エリアにバーンと、ある企画コーナーが設置されていました。それは、防災グッズのコーナーです。
 近年、我がN国では多くの自然災害が起こり、国民の防災への意識の高まりはーーー
 おっと! 妻の足が止まりました。じいっと防災グッズのコーナーを見つめています。結婚をしこちらに越してきたばかりで、我が家はまだ備蓄品を買い揃えていないのです。私は妻に言いました。
「何か買っておく?」
「うん、そうだね」
 と答えた妻は何か思案しながら、カンパンの缶詰3個、アルファ米3個、レスキューシート1枚を次々とカゴに入れました。それから、2リットルのペットボトルの水に目をやり、
「まずは3日分とか言うよね。1人1日3リットルらしいから、3日分で9リットルでしょ……」
 と言いつつ取ろうとした手をとめます。買い物カゴはもういっぱいなのでした。
「取り合えず今日は1本でいいか。それか、水は重いからネットで買っちゃおうかな?」
 と言い私の顔を見ます。ふと気になったので訊きました。
「水って1人分? それに、そのレスキューシート1枚でいい? 2枚いるばい?」
「え、だって、あっちゃんは帰ってこれないんでしょ」
「うん。帰れない」
 そうなのです。一度災害が起これば、我々、防A省の技官は家(缶車)には帰れません。先の震災時において、しばらく泊り込みだったことを妻にはすでに話してあります。知らない土地で友達も親戚もいない美花。一番大変なときに、私は美花のそばにいてあげることはできないのです。しかし、私の仕事はそういう仕事ですからしかたがありません。
 美花は、けっして派手ではない、素朴な弥生人のような顔でじっと私のことを見ました。そして、
「きいちゃんは食べないし飲まないし。それなら備蓄は1人分でいいじゃん」
 と、薪にナタを振り下ろすみたいにスパッと言い切ったのです。この人は…、まったく……。肝が据わっているのはありがたいことですが、少々さみしい気持ちになったことを自覚する私なのでした。
 これは、防A省の妻を持つ夫あるあるですかね? ん? 


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