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【水中で口笛】玲音さんのやさしい歌たち

 くどうれいんさんのことは、名前だけ知っていた。確か「ねむらない樹」の学生特集で読んだのだったと思う。それから時が流れて「水中で口笛」を手に取ったわけであるが、なんだろうこの暖かい気持ちは。宝石箱に隠しておいた宝物のひとつひとつを丁寧に見せてくれるような明るさ、人間としての輝きを見せつけられた。タイトルは

水中では懺悔も口笛もあぶく やまめのようにきみはふりむく

という歌からとられている。この歌を初めて読んだ時のみずみずしい気持ちは忘れられないと思う。玲音さんの歌は思わず声に出して読みたくなる。以下、「水中で口笛」より何首かご紹介しようと思う。

夜の海 すこしあかるい黒が夜、暗くて濡れている黒が海

 見事なバランス感覚。この歌を初めて読んだ時、ふとした感動を覚えた。まるで天秤の右左に「夜」と「海」を載せて、ゆらゆらと揺れているのがだんだん静止していくところを眺めているような歌だ。
 「夜」と「海」だけでなく「あかるい」と「暗い」、「ひらがな」と「漢字」の対比の構造も計算され尽くしている。心地よい。すこし難しい数学の問題がするすると解けた時のような、きっちりとした現代建築の美術館に入った時のような心地よさだ。

将来は強い恐竜になりたいそしてかわいい化石になりたい

 玲音さんの「かわいい」は本当にかわいい。漢字の「可愛い」じゃなくて、ひらがなの「かわいい」だ。上の句の「将来は強い恐竜になりたい」という小学生が思っていそうな願望はまだうんうんと頷いて聞くことができるが(?)、その後に続く下の句「かわいい化石になりたい」というオチがくすっと微笑ましい。「強い恐竜」と「かわいい化石」の対比もフレッシュだ。

噛めるひかり啜れるひかり飲めるひかり祈りのように盛岡冷麺

 噛めるひかり?啜れるひかり?飲めるひかり?って何?という上の句を読んでいる時の気持ちから、下の句へのジェットコースターのような急転直下。楽しい歌なのだが「祈りのように」からどこか静謐さも感じる。数人で前屈みになって黙々と冷麺を食べている様子が思い浮かんた。
 この歌集には玲音さんの地元愛を感じる歌がたくさん収録されている。僕は東北に行ったことがないのだが、いつか行ってみたいなあという気持ちになった。そして祈りのように盛岡冷麺を食べたい。

うしなった人をうしないきれなくて日々浴室のやさしい滝行

 玲音さんの「やさしい」は際限なくやさしい。「優しい」じゃなくて、「やさしい」だ。「無言でもいいよ、ずっと 東北に休符のような雪ふりつもる」という歌の中にも通ずるものを感じる。やわらかい恋の終わりの痛みがやさしくも生々しく伝わってくる。毎日の忙しい日々の中では忘れられていることも、浴室でのふとした瞬間に思い出す。きっと洗い流すような滝行でも簡単には忘れられそうにないだろう。そんな瞬間が玲音さんのやさしい言葉、やさしい目線で切り取られていて、心に残る歌だ。

 きっとこれからも時折読み返すであろう好きな歌集のひとつになった。


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