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正義に酔う。【『ある光』考察】
【注意】
この記事では東日本大震災について言及します。
震災や津波で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
また、同人誌『ある光』についてそこそこネタバレしていきます。
この記事を読んだ後に同人誌を読んでも作品を十分楽しめるように配慮していますが、ご了承ください。
『ここで亡くなった人が大勢いたことを記憶に刻んで生き残った私たちが、みんなのことを絶対忘れない。二度とあんな被害を出さないんだ、って決意し続けるためにもこういうもの(震災伝承)は必要なんだ
あとこうやって残して、伝えていくっていうこと。それは、私たちが果たしていかなきゃいけない役割でもあるんだと思う』
(日本中から支えてもらって復興した私たちがこれから災害に立ち向かう人たちのために…)
他の所への役割… 別に考え付いて訳ではないのになぜか口をついて出た。なんで私、あんなこと言ったんだろう。
あの日、私は関東地方にいる小学生だった。大きな地震が起きた時、天井の高い建物の中にいたため隠れられる場所がないか必死に探したことを覚えている。
数日経つと被害に関するニュースが次々と飛び込んできた。特に福島第一原発が爆発し、放射性物質が放出されたというニュースは世界中で大きな衝撃を与えた。しばらくして学ベクレルやシーボルトという単位を耳にするようになったが正直ピンとこなかった。放射性物質の概要をある程度理解出来るようになったのは大学生になってからだった。供給できる電気が足りないということで計画停電も定期的に行われた。
小学生だった私は震災のことについて十分な知識を持ち合わせていなかったし、事の重大さも認識していなかった。あの日のことだけは覚えているけど、その前後どんな行動をして、どんなことを考えていたか朧げなままいつの間にか13年という月日が過ぎ去っていた。
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1.2024年夏。『あの災い』について振り返る同人誌に出会った。
『ある光』は東日本大震災前後における2名の女子学生の生い立ちを描いたフィクション漫画作品である。
東日本大震災を扱った作品は沢山あるが、この作品の秀逸な点は「ボリュームの多さ」「没入感」にあるだろう。
フィクションと言えども震災前後の彼女たちの生活がこと細やかに描かれている。さらに東日本大震災前後の主なニュース、解説を始め、震災を経験した複数人へのインタビュー記事等も含まれている。
(もはやインタビュー記事だけで同人誌一冊になりそうなクオリティ)
13年の月日で忘れていたこと、自分が幼かったため知らなかった事象がいくつかあった。まだまだ東日本大震災について知らないことが多い。
漫画に解説を入れることで、作品に対する理解の促進になる。一方で各読者による解釈の幅が小さくなってしまい、『エンタメ』としての面白さが少なくなるというデメリットもある。
本作品では解説がかなり多いように見えたが、それでも漫画としての解釈の幅が狭くなるということも無くいい塩梅だと思う。
![](https://assets.st-note.com/img/1726335920-apmyDj9sZuFBAbwfN4VKtISi.png?width=1200)
なんで1500円で買えてしまったんだ??
実質85%OFF
もう一つこの作品の特徴として、漫画の中で何曲か歌詞が引用されていることが挙げられる。せっかくなので曲を聴きながら作品を読み進めていくと、それだけでも没入感がかなり上がった。音楽が漫画に彩りを与えるという中々面白い体験が出来た。
※ちなみに引用の範囲外で歌詞を本に載せたい場合は、JASRACにお金を支払えば載せることが出来るみたいです。はえ~
また、一部のブログについては特に許可申請しなくても歌詞を使ってよいそう。なお、noteはダメらしい。noteさん、どうすればいいかわかってますよね(圧力)
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この本の作者である阪本氏は和歌山県ローカルのラジオ局である『FM TANABE』はこの本のコンセプト(ドキュメンタリーではなくフィクション物語にした理由)に関して以下のように言及している。
震災伝承の書籍とか取り組みとかたくさんあると思うんですけども、『3月11日に私はどこそこにいました』っていう語りや、あるいは専門的な本では一般の方が感情移入しづらく、『3月11日に東北の沿岸におった場合の話でしょ』という他人事として聞いてしまうような部分がどうしてもちょっと抜けないのかなというのがありました。
やっぱりその私たちと全然違わない夢を持って生活してた1人の女の子が災害に立ち向かっていくという物語の立て付けにすることで『誰にでもこういうことは振りかかってくる』ということを伝えつつ、気持ちのうつろいなども含めて東日本大震災とどう向き合ったのかということを感じてほしかったので物語調で制作しました。
物語を通じて、災害について考えてほしいというコンセプトの書籍だということなので私もそれに倣い、女子学生の物語から考察出来るところを探っていきたいと思う。東日本大震災の振り返りはあえてしない。
2.『正義』の物語
本を読み進めていると、あるインタビュー記事が目に入った。
「子どものころ仮面ライダーなど正義の味方に関する作品を見るのが好きだった」とインタビューに応じている元陸上自衛隊のYさんだ。
Yさんの人生に関するこのインタビューの詳細については触れないが
特に今災害に関する仕事に関心を持っている、仕事に携わっている全ての人にぜひ読んでほしい記事だ。
Yさんの半生を聞いていると僕らが思い描いていた子供時代に思い描いていた『正義』ってどこに行ってしまったんだろうと感じた。
ここで『正義』という言葉を深掘りしたい。正義という言葉の意味を引いてみると次のように出てきた。
1 人の道にかなっていて正しいこと。
2 正しい意義。また、正しい解釈。
3 人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範。
<https://kotobank.jp/dictionary/daijisen/1776/>
「正しい」「意義」「社会」など色々なキーワードは出てきたがイマイチピンと来ない。もう少し分かりやすい解釈はないだろうか。
少し調べてみると面白い考え方に出会った。正義は
『平等』『自由』『宗教』
という3つの価値観に大別できるというものだ。
具体的には以下のように説明している。
「3種の正義を追い求めようとしたとき、人間の思考は次のような主義に行きつく」
(1)「平等の正義」を実現するには → 功利主義(幸福を重視せよ!)
(2)「自由の正義」を実現するには → 自由主義(自由を重視せよ!)
(3)「宗教の正義」を実現するには → 直観主義(道徳を重視せよ!)
(中略)
『功利主義』とは『全員の幸福度を計算し、その合計値が一番大きくなる行動をしなさい!(最大多数の最大幸福) それが正義だ!』という考え方のことだ。
(中略)
『自由主義』とは『個人の自由を守る行動をしなさい! それこそが正義だ!』という考え方のことだ。
(中略)
『直観主義』とは『良心に従って道徳的な行動をしなさい! それこそが正義だ!』という考え方のことだ。
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,DIAMOND ONLINE,<https://diamond.jp/articles/-/327760>
より一部加筆
なるほど確かに。
先ほどの正義という言葉の意味にもあった
『3 人間の社会行動の評価基準』という部分をもう少し具体的かつ個人レベルに落とし込んでいる説明のように見えた。
今回は上記の考え方を基に主人公「佳文」の価値観に焦点を当てて、
もう一度同人誌『ある光』を読み返していきたい。
※上記の情報だけで『正義』という言葉の解釈を定めてしまうのは古代ギリシアから続く哲学史および哲学の専門家さんへの冒涜であるが、 哲学の定義を議論することが今回の目的ではないのでご了承いただきたい。
(改めて哲学の本読んでみないとなぁ…)
A.ふるさとを離れる
彼女にとって大きなターニングポイントとなった部分は震災直後に『東京に出る』決断をしたことだろう。
音楽の道を志すと決めた佳文は高校卒業直前に震災に遭う。
避難所生活が続くなか、佳文の両親はある決断をする。
佳文の父「お母さんと相談した。お前は予定通り東京へ行きなさい。」
佳文「え…」
(中略)
佳文「そんな、おじいちゃんもまだ見つかっていないし 家だってむちゃくちゃなのに 私だけ離れるなんて そんなのできないよ…」
佳文の父「だがお前がいたからって、何ができるっていうんだ」
佳文「それはそうだけど」
(中略)
佳文の父「俺はここを離れられない(中略)この県土を守ることが俺たち県職員の役目だからだ」
『音楽の道に進むために東京に出る』という父からのやや強引な提案に佳文は最初、反対している。
そのような反応を示すのも無理はない。功利主義(平等)から見れば『東京に出る』という行為は正しくないと言えるからである。家族というコミュニティで見たとき、確かに自分は音楽の道に一歩近づくことが出来て幸せかもしれないが、両親は子供がふるさとから離れるにも関わらず、震災復興の過程で大変な思いをするかもしれない。
『最大多数の最大幸福』とは程遠い状態となる。
(※佳文の両親にとって幸せとは佳文がミュージシャンの夢を追いかけることだろうと予想できるがここではあくまで一般論を示した。)
『東京に出る』という行為は直観主義(宗教)にも反する。
『ふるさとを離れて東京で音楽の道を目指す』ことを
(失礼であることを承知の上で)かなり悪意ある形で言い換えようとすれば
『自分の故郷が大変な目に合っているにも関わらずふるさとを離れて
さらに音楽という不要不急な娯楽の道に進もうとしている』
と表現することも出来る。
つまり『東京に出る』という行為は
(特に社会情勢が不安定なときは)短期間で効果の上がる「役に立つこと」で人々は社会貢献すべきだという倫理観に反する。
一方で『東京に出る』という行為は自由主義(自由)から見れば正しい行動となる。『震災後に被災地を離れるかどうか』は各個人が自由に選択が出来る。(居住・移転の自由)
もし両親が佳文に『ふるさとに残る』という選択を強制すれば、音楽の道に進むという選択肢を一時的でも潰し、自由を奪うことになってしまう。
最終的にはこれ以上、両親に言い返すことはなく
自由主義(自由)から見れば正しい『東京に出る』
という選択をする。
B.主人公と自由主義と功利主義と
こうして音楽という『自由の道』を歩み始めた佳文だったが、ミュージシャンとして活躍し始めた後もなお、彼女の根底には功利主義(平等)が流れていた。
例えば、人の心に届く作品を作るにはどうすればよいかという質問に対して彼女はこう答えている。
一言で言うと「愛」なんじゃないかと思います。
①表現する手段への愛 私なら音楽ですね
あと表現するテーマに対する愛 つまり… 表現するテーマに表現者自身も感動して共有したいという内発的な気持ちを持つこと
②そして一番大事だと思うのが作品の受け手に対する愛
それは直接的にはリスナーさんとか読者さんですよね
愛というか誠意を持ってどんなに難しくても、練習や作業が膨大でも表現することを決して諦めないということ
これは絶対条件と言ってもいいと思います
③もう一つはもっと広くて、この社会全体に対する愛…
公共性、みたいなことに近いのかもしれません
(中略)
色んな理由で悲しみの底にいたり、生きづらさを抱えたりしている人が、社会にはたくさんいます
そういう人の心に寄り添って、少しでも前を向いて明日を迎えてもらえるような
これからそういう立場に置かれる人たちがいたらなんらかの警鐘を鳴らせるような
創作物にはそんなメッセージが不可欠なんじゃないかと いやそれこそが、表現という営みの存在意義の一つなんじゃないかと思います。
少々長いので①~③に分けてみました。
まず、①表現する手段、表現するテーマに対する愛について、
『表現の自由』という権利について書かれていると言っても差し支えないだろう。
自由主義が重視される社会では、一般的に作品を表現する手段、テーマは自由に決めることが出来る。
②作品の受け手に対する愛については、
裏返すと、『自由に対する責任』と解釈することが出来る。
『表現の自由』は認められているが、作品を作ることで生活していくためには、誰かに自分の商品を買ってもらって生活資金を稼ぐ必要がある。
自分が面白いと思っていても相手に面白いと思ってもらえなければ、商品を買ってもらえず、他の手段で生活資金を稼ぐ必要が出てくる。
一言で言えば『資本主義』である。
※「絶対条件」と言っているが正確に言うなら
「プロとして生活資金を稼いで生活するための絶対条件」
だと思われる。
③社会全体に対する愛については、
「公共性」という表現を使ったことからも明らかなように
まさに『功利主義(平等)』に言及したものだろう。
佳文の発言の裏にある価値観を読み取ると
『自由主義(自由)』と『功利主義(平等)』(+資本主義)
のブレンドであることが分かる。
それにしても
自由主義(自由)と功利主義(平等)どちらでも
『愛』という表現を使っているのは興味深い。
C.佳文にとっての「ある光」
佳文はこれまでの音楽人生をこう振り返っている。
東京には、日本トップレベルの人がそこら中にいて私は何度も限界を感じた。将来が怖くなって投げ出した言って何度も考えた
でもいつでも思い返した
会えなくなった大事な人の思いを受け継ぐこと
その人の分まで精いっぱい生きること
ーーそれが
自分にとって公開しない生き方だと思うんだ
(中略)
ふるさとでみんなから受け取った大切な物
全部が私の中で光となって
私の進むべきを照らし続けている
だから私はこれからも、ためらずに、生きていける
佳文にとっての『ある光』という物語は
自分の中にあった『自由』という光を見つける物語
だったのかもしれない。
しかしこれはあくまで佳文視点で見た時のお話。
もう一人、美咲という主人公の友達がいるが、
その子がどのような人生を辿り、どんな光を見つけてきたか、
それはぜひこの作品を読んで確かめてみてほしい。
3.僕らは『正義』に酔う
社会が危機に瀕した時、僕らは正義に酔う。
自由、平等、宗教、3つの正義が複雑に絡み合う数多くの課題に対して
短時間で何回も決断しないといけない。
そんな状況で僕らは『ある光』に向かって歩んでいけるだろうか。
正直なところ、まだよく分からない。
しかし、この物語をお守りとして心のどこかにしまっておきたい。
そんな風に思える作品だった。
素敵な作品をありがとうございました!