静かな朝
わたしには
子供の頃から年に数回のペースで、
静かな静かな朝が訪れる。
人々が一斉に消えてしまった事を疑うほど、
何の音もしない朝。
生活音はもちろん、
鳥も鳴かないし、風も吹いていない。
ざわざわとしている教室が一瞬だけ静かになるあの感覚を思い出す。
それとはまた別物だけれど、さっきまでは夢を見ていてとても賑やかだったのに、目覚めた瞬間あらゆる音がしなくなって、世界に私だけのように感じる。
小さな頃は、もう少し静かな朝の回数が多かったような気もする。
前日に高熱を出し休みが決まっていた次の日の朝、
ぐっすりと眠っているわたしを寝かせたままにして、両親は働きに出かけ、弟は小学校へ行き、祖父母は畑に出かけた。
だからとても静かな朝に感じられた。
そう言う朝には決まって熱が引いていて、病み上がりの頭がそのあたたかい部屋の天井を見つめた。
また、休みの日も祖父母は畑に行くので、両親が弟の野球の試合などで朝早くから出かけた時には静かな朝が訪れた。
不安になり、布団に入ったまま耳を澄ましていると、その内に家の前を車が通ったり、鳥がさえずったりしてその音を聞いて安心した。
そうするとやっと、顔を洗ったりお手洗いに行ったり布団から出る事ができた。
ここ最近はなかったのだけれど、
今朝は久しぶりの静かな朝だった。
歳を重ねてもこの静けさにはなれないのだな、と思った。不安になったけれど、あの頃より歳をとり動く事が多少不自由になった祖父母が家にいたため、静寂は短かった。
絶対にそんな事はないのだけれど、誰も、何もいない世界を一瞬だけ想像して不安になる。
みんなにも同じような静かな朝はあるのかな。
静かな朝が来るたびに存在の素晴らしさを実感する。
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