備えのための能力を育てる
能力はいつか必要になる時が来る
正直、ぼくはあまりアウトプットが好きではない。面倒くさいし、何のためにやるんだろう、労力の無駄じゃないかと思っている。
でも、積み重ねた経験はいつか役に立つ時が来るかもしれなくて、
そういう時に備えが足りないと、後悔する。
なんでやっておかなかったんだろう、適当にでもいいからやっておけばよかったと、その時になって後悔する。
必要になってからでは遅い。そういう能力がある。
アウトプットは非効率的でもいい。やってさえいれば。
だからもし、自分が興味のあること、ちょっとやってみてもいいかなと思えることがあったら、とりあえずやってみた方がいい。
怠けていると人生は短い。怠けることや怠けている時間にはシビアでないのに、アウトプットすることになると、途端に省エネであろうとするのは、単なる怠け癖だ。
もっと間違ってもいい。特にアウトプットするかどうかの判断に関しては。
雑にアウトプットしても、思っているほど無駄ではない。
やっただけ、表現する能力は身に付くし、いざという時に役に立つ。
備えの能力は「本当の自分」に必要である
備えの能力を育てること。そういう習慣を持つこと。
効率的に生きたいのであっても、自らを育てる時間は省くべきではない。
むしろ無駄なアウトプットばかりの人生だったと思いたい。寡黙すぎて自分自身が誤解され、損ばかりにはなりたくない。
表現者としてうるさすぎて、ちょっと誤解されちゃうくらいが、本当の自分に近いのだと思いたい。
それが本来の自分を信じるということだと思う。
みつけた興味のある本
なぜアウトプットのハードルが上がってしまうかというと、目的意識が強すぎるからかもしれない。
なのでとりあえず、「目的がないと、やっても意味がない」という先入観を捨て去りたい。
と考えながら、twitterを見ていると、良さげな本があったので読んでみたいと思っている。
試し読みを読んでみると、ドゥールズとガタリ、ニーチェなど哲学者の名前が並んでいるので、もしかしたら難しい部分もあるかもしれないが、挑戦してみたい。
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