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炎上する「冬はつとめて」

「冬はつとめて」
とは清少納言の枕草子であまりに有名な一説ですが、その後には雪が降った朝は言うまでもなく(良い)・・・と続きます。

確かに、冬の朝早くに少し寒い程度なら趣があって大変結構なものなのですが、この冬の日本のように各地でドカ雪が降るとたまったものではありません。

こういう時に、雪が降って楽しい!とか、寒いのがかえって気持ちいい!とか有名人がツイートすると、不謹慎だと言われて炎上しかねません。個人の感想なんだからどうでもいいじゃないかと思うのですが。

ともかく、冬だから雪が降るのは日本の半分くらいの地域では当然のことですが、同じく当然ながら雪が降りすぎると災害になります。

枕草子が書かれた時代の平安京、今の京都中心部でも今の京都盆地同様に夏暑くて冬寒い理不尽な天候だったとは思います。中世は温暖期だったという定説がありましたが、最近の研究では平安中期以降は寒冷だったという説もあるようです。

ともかく、当時の水準ではトップクラスの住宅環境だったはずの都の貴族の住まいから清少納言が見た早朝は、手入れされた庭木や地面に雪が積もり霜が立ち、それは大層趣のある景色だったでしょう。その一方で、庶民や地方の暮らしぶりはそんな贅沢なものでもなかったでしょう。

別に平安貴族を今さら非難しようとは思いませんが、当時にTwitterがあれば「冬はつとめて」と呟いた瞬間に、「御貴族様はいいよな」「貧しい人の暮らしを考えろ」「雪で死にそうになる田舎を馬鹿にしている」と炎上しただろうなとは思います。

いつの時代でも、人が他人を理解することは難しいものです。それは、非難される人だけではなく、非難する側にも同様です。雪が楽しい人もいれば苦しむ人がいるのは、今に始まったことではありません。

喜び庭を駆け回る犬に対して非難する人はいないでしょう。犬に文句を言ってもしょうがないですし、逆に犬から見たら文句を言われる筋合いもありません。

結局炎上案件も本当にダメな場合もあるにせよ、当事者ではない他人が言える批判の妥当性には限界があります。赤の他人に何を言われても気にしない人は、Twitterでもなんでも向いていると思いますが、ネガティブな意見を言われて気にする人は多分向いていないでしょう。

良い意味で、平安貴族ばりに世間に無関心であれば何とでもやっていけますが、気にしすぎたら何も書き込めません。「鈍感力」という書籍が一昔前に売れましたが、自分の身を守る「鈍さ」は教えられて身につくものでもないでしょうけれど、持っていて損はないですよね。

だからと言って本当にアカンことをしてしまうくらい鈍感過ぎたらアカンのですが。

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