『HRテクノロジーで人事が変わる』解説note ~共著者の一人として、難しい問題をかみ砕いてみた~ ⑤第3章 人材配置における労働法上の留意点
まえがき
「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)の「第3章 テーマⅡ 配置 労働法の視点から」(担当:倉重公太朗 弁護士)の執筆内容について「解説」します。
あくまでもこれは「解説note」であり、元の内容を正確に、かつ、詳細に理解するためには上記の書籍を必ず購入頂くことを強くお勧めします。
1.配置の基本的考え方
(1)人事権の範囲
【要点】
・会社側に広い裁量
・人事異動についても広範な配置命令権
・ただし下記の場合は権利濫用で無効
(東亜ペイント事件)
①業務上の必要がない場合
②当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされている場合
③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合
・HRテクノロジーはあくまでも示唆を与えるのみ
・最終的な判断は人間
多くの日本企業における正社員は、職種・職務内容や勤務地を限定せずに長期雇用を前提として採用されてきたため、人事権については会社の裁量が広く認められてきた。(少なくとも、これまではそうであった。)
このため、人事異動についても広範な配置命令権があるとされている。
ただし例外的に、以下に該当する場合は権利濫用となり無効となる。
(下記①~③のいずれかに該当する場合)
① 業務上の必要がない場合
② 当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされている場合
③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合
【判例の紹介】
東亜ペイント事件
(昭和61年7月14日最高裁判決)
<具体的事案>
大阪に本店及び事務所、東京に支店、大阪外2か所に工場、全国13か所に営業所を置き、従業員約800名を擁して塗料及び化成品の製造・販売を行っているY社に神戸営業所で主任待遇として勤務していたXは、広島営業所への転勤を命じられたが、家庭の事情から転居を伴う転勤には応じられないとし、Y社は名古屋営業所へ転勤するよう命じたがこれにも応じなかったため、Xは懲戒解雇とされた。
Xは入社当初から営業を担当しており、業務上の必要に基づき将来転勤のあることが当然に予定されていた。
本件転勤命令が発令された当時、母親(71歳)、妻(28歳)及び長女(2歳)と共に堺市内の母親名義の家屋に居住し、母親を扶養していた。
母親は元気で食事の用意や買物もできたが、生まれてから大阪を離れたことがなく、長年続けて来た俳句を趣味とし、老人仲間で月2、3回句会を開いていた。
妻は、昭和48年8月30日にI紡績株式会社を退職し、同年9月1日から無認可の保育所に保母として勤め始めるとともに、右保育所の運営委員となった。
右保育所は、当時、保母3名、パートタイマー2名の陣容で発足したばかりで、全員が正式な保母の資格は有しておらず、妻も保母資格取得のための勉強をしていた。
Xは転勤命令の無効、懲戒解雇の無効を主張し、労働契約上の地位確認を求めて訴えを提起した。
<判決内容>
Y社の労働協約及び就業規則には、Y社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に上告会社では全国に10数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。
右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
本件についてこれをみるに、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要があったのであるから、主任待遇で営業に従事していたXを選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令には業務上の必要性が優に存したものということができる。
そして、前記のXの家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤がXに与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。
したがって、原審の認定した前記事実関係の下においては、本件転勤命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。
HRテクノロジーを活用して配置転換を行う場合、上記①~③のいずれにも該当しないということをどのように説明できるのであろうか。
①と②について
「業務上の必要性がある」であったり、「不当な動機・目的ではない」ということを説明するためには人間による合理的判断が必要不可欠であり、HRテクノロジーから得られる示唆はあくまでもその合理的判断の部分的な拠り所になるのみである。
③について
そもそもテクノロジー側が考慮要素としてないことも想定されるが、育児・介護・私傷病・労災治療中の者、障がい者、通勤距離、家族構成など個々人の事情に応じて個別具体的に判断できる程度の情報が存在し、それに基づいてHRテクノロジーの仕組みによって「たしかに不利益は生じるがそれは通常甘受すべき程度のものだ」と判断されたとすれば、その判断を人間がそのまま受け入れて採用したとしても「合理的判断」といえるであろう。ただしこの場合も、最終判断は人間が行ったということにしなければならない。
(2)賃金変更の範囲
【要点】
①賃金制度の変更(就業規則の不利益変更論)
・合理性の判断
(i)労働者の受ける不利益の程度
(ii)労働条件の変更の必要性
(iii)変更後の就業規則の内容の相当性
(iv)労働組合等との交渉の状況
(v)その他の就業規則の変更に係る事情
・(ii)は企業の裁量広い
国際競争激化、労働生産性向上
能力・成果主義
・(i)(iii)は厳しく審査
労働者に対する手当を検討
・(iv)組合に対してHRテクノロジーの内容を丁寧に説明
②処遇の変更(人事権濫用論)
詳細は後述
HRテクノロジーの仕組みによってジョブマッチングが行われ、その結果科学的に適材適所が実現される場合、これに伴って賃金額が変更されることも考えられる。
なお、賃金額の変更には以下の2つの場面がある。
① 賃金制度そのものを変更する場合(就業規則の不利益変更論)
② 既存の賃金制度を適用し、処遇を変更する場合(人事権濫用論)
①は制度の変更であるため、就業規則の不利益変更(労働契約法10条)にあたる場合は以下の要素を検討した上で、「合理性」があるか否かという議論になる。
【労働契約法10条の考慮要素】
(i)労働者の受ける不利益の程度
(ii)労働条件の変更の必要性
(iii)変更後の就業規則の内容の相当性
(iv)労働組合等との交渉の状況
(v)その他の就業規則の変更に係る事情
判例上、「(ii)労働条件の変更の必要性」は企業の裁量を広く認める傾向にある。
・国際競争の激化
・労働生産性向上
の観点からの能力・成果主義に基づく賃金制度変更の必要性は肯定されている。
【判例の紹介】
ハクスイテック事件
(平成13年8月30日大阪高裁判決)
<具体的事案>
Y社は、化学製品製造・販売とする会社である。
Xは、Y社の従業員として、Y社の研究所に勤務していた。
Xは、年功序列型体系から能力・成果主義型賃金体系への変更を目指した給与規定の変更につき、新たに導入された給与規定の無効確認を求めた。
<判決内容>
年功序列型から能力・成果主義型への給与規定変更は、合理性を有する。
1 Y社が給与の低下分について調整給や1~10年間分の減額分補償措置を設けていることに加え、B評価以上になれば賃金が減額することはなく、最低のFランクに位置づけられても月額賃金は38万5,000円を下らない。
2 Y社の経営状態がいわゆる赤字経営となっている時代には、賃金の増額を期待することはできないというべきであるし、普通以下の仕事ができない者についても、高額の賃金を補償することはむしろ公平を害するものであり、合理性がない。
3 現に8割程度の従業員は新給与規定で賃金が増額しているのであって不利益は小さい。
4 近時我が国の企業についても、国際的な競争力が要求される時代となっており、一般的に、労働生産性と直接結びつかない形の年功型賃金体系は合理性を失いつつあり、労働生産性を重視し、能力・成果主義に基づく賃金制度を導入することが求められていたといえる。そして、Y社においては、営業部門のほか、Xの所属する研究部門においてもインセンティブ(成果還元)の制度を導入したが、これを支えるためにも、能力・成果主義に基づく賃金制度を導入する必要があったもので、これらのことからすると、Y社には、賃金制度改定の高度の必要性があったということができる。
これを踏まえると、HRテクノロジーを活用した最適配置による労働生産性向上という点も必要性が肯定されるはずである。
ただし、「(i)労働者の受ける不利益の程度」と「(iii)変更後の就業規則の内容の相当性」については厳しく審査される傾向がある。
そのため、
・賃金減額に関するシミュレーション
・経過措置、代替措置
などの労働者に対する手当を十分に検討する必要がある。
また、「(iv)労働組合等との交渉の状況」も重要な要素であるため、組合に対してHRテクノロジーの内容を十分に説明して理解を求めることも必要である。
★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点1」を参照)
次に、前記②の場合は賃金制度変更論ではなく、既存の制度を前提として、その適用が人事権の範囲内か否かという問題となる。
賃金の減額幅が大きすぎれば人事権の濫用にあたり無効になる。
2.HRテクノロジーと人事権
HRテクノロジーを活用した場合における人事権との関係について検討する。
(1)企業の人事権と労働者のキャリア権
【要点】
・「異動後活躍組織予測モデル」
高精度の適材適所の実現
従業員からの不満や不信感
・キャリア権
働く人々が意欲と能力に応じて希望する仕事を選択し、職業生活を通じて幸福を追求する権利
エンプロイーエクスペリエンスを高めるためにも不可欠の要素
・基本的には人事権が優先
・「本人の思ってもいないところに適性が認められる」
→ HRテクノロジーの醍醐味
・HRテクノロジーの判断内容も加味して、なぜそのような異動が必要とされるのかを説明できるように
パーソルホールディングスで行われているような「どのような人がどのような部署に異動することで活躍できるのかを予測する、異動後の活躍に関するモデルの構築」(異動後活躍組織予測モデル)を利用した場合に、実際に予測された通りの部署への異動を義務付けることが出来るのか検討する。
本来このような取り組みは、組織活性化の観点から適切な人事権を行使し、より高い精度で適材適所を実現するために行われる。
他方で、「思い通りの業務に就けなかった」として不満を訴える労働者が出現することも想定される。
※むしろそのような不満よりも、
・「何を根拠にそのような異動になったのか?」
・「そもそもデータ分析というものは信用できるのか?」
といったような疑念を訴えかけてくるケースが増えると思われる。
このとき企業としては、「本来私はこの部署に異動できたらハイパフォーマーになれたのに」という訴えをどこまで聞く必要があるのだろうか。
※従業員側の「勘と経験に基づく思い込み」よりも、「データに基づいた科学的判断」のほうがはるかに信頼に値するものであるということを納得させることのほうが先決かもしれない。
この問題を考える際に注目すべきは、「キャリア権」という概念である。
【解説】
このような、自分のキャリアは自分で決めるべきであるという考え方が広がっている。「人生100年時代を見据えて自律的キャリアを構築していこう」という流れにも合っており、意義自体は尊重されるべきである。
エンプロイーエクスペリエンスを高めるために不可欠の要素でもある。
しかし、法的な「権利」として認められるかは疑問である。
企業の人事権は広範に認められており、不当な動機や著しい不利益があって権利濫用となる場合にのみ制約を受けるのである。
だとすれば、企業が労働者を希望どおりの業務に就ける「義務」は認められず、希望どおりに異動させなかったとしても嫌がらせの趣旨がない限りは人事権の濫用とまではいえないだろう。
※人事権の濫用とはならないとしても、エンプロイーエクスペリエンスを高めるための努力を怠っているという事実は認められる。
よって、人材配置に関しては必ずしもすべての従業員の希望には沿えない場合もあるし、HRテクノロジーの判断によって本人が思ってもいないところに適性が認められる場合も想定される(むしろそれを「良し」と捉えるべきである)。この場合には基本的には人事権が優先し、企業としては人事権の法的有効性に加えて本人の納得を得る必要がある。そのためには、HRテクノロジーの判断内容も加味して、なぜそのような異動が必要とされるのかを説明できるようにしておく必要がある。
★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点2」を参照)
(2)HRテクノロジーによる最適な上司部下の配置とハラスメント
【要点】
・ハラスメントについては会社に配慮義務
パワハラについても
・福岡セクハラ事件
企業:職場環境を良好に調整すべき義務
上司:職場環境を調整するよう配慮する義務
・京都セクハラ事件
職場の環境を整える義務
意に反して退職することがないように職場の環境を整える義務
・HRテクノロジーの活用により配慮義務違反の可能性が高まる
・「個別的注意指導・教育」の必要性
「異動後活躍組織予測モデル」を進めていくと、上司と部下との相性を組み合わせた上で配置を決定することも出来る。
この場合、相性の悪いパターンの場合にはパワハラ等のハラスメントの問題が引き起こされる可能性がある。もちろん、企業としてはあえて関係性の悪い組み合わせでの配置を意図的に行うことは想定されないが、様々な事情を考慮した結果「そうならざるを得ない」ケースも出てくるだろう。
※事情はともかくも、相性があらかじめ見える化されているために、その情報がない場合と比べて「なぜ分かっていたのにも関わらずその組み合わせを防がなかったのか?」と追及される可能性が高まると思われる。
では、関係性が悪化することが予想され、ハラスメントが生じる恐れがある場合に企業はどのように対応すべきか。
この点、ハラスメントについては会社に配慮義務が課されており、実務的にも労働者に対して働きやすい環境を保つためのハラスメント研修を実施したり、実際にハラスメントがあった場合には懲戒処分が行われたりしている。
【解説】
【判例の紹介】
福岡セクハラ事件
(平成4年4月16日福岡地裁判決)
<具体的事案>
原告女性Xの上司(編集長・被告Y2)は、編集業務におけるXの役割が重要になり、かつ、A係長とXの間で業務方針が決定されることが多くなったために疎外感を持つようになった。その後約2年間、Y2はXの異性関係が派手であるなどの噂を社内外に流したため2人の関係は悪化した。
XはB専務らに関係悪化による問題の解決を求めたが、Bらは個人的な問題と捉え、話し合いによる解決をXとY2に指示した。Xの使用者であるY1は、話し合いによる解決が不可能な場合にはXを退社させるとの方針を決め、BはまずXに妥協の余地を打診したが、XがあくまでY2の謝罪を求めたため、話し合いがつかなければ退社してもらう旨告げたところ、Xは退職の意思を表明した。Y1は一方で、Y2に対して3日間の自宅謹慎と賞与を減給する措置を取った。
Xは、上記行為や対応は、違法な行為または契約違反に当たるとして、Yらに対し、損害賠償(300万円)等の支払いを求めた。
<判決内容>
Y1とY2が連帯して慰謝料150万円などを支払う限度で、Xの請求を認めた。
Y2(上司)の責任:
Y2の発言は、異性関係などXの個人的性生活をめぐるもので、働く女性としてのXの評価を低下させる行為である。しかも最終的にはXをY1(会社)から退職させる結果に及んでいる。これらはXの意に反してその名誉感情その他の人間の尊厳を傷付ける行為であり、またXの職場環境を悪化させる原因であった。Y2は一連の行為により、そのような結果を招くことを十分に考えることができたのであり、Y2の行為には違法性を認めざるを得ない。
Y1(会社)の責任:
B(専務)及びY1代表者は、Xの上司として、その職場環境を良好に調整すべき義務を負う立場にあった。しかし、早期に事実関係を確認するなどして適切な職場環境の調整方法を探り、いずれか労働者の退職という最悪の事態の発生を極力回避する方向で努力することに十分でないところがあった。また、B(専務)は、話し合いの経緯からXがやむなく退職を口にするやこれを引き止めるでもなく、直ちに話し合いを打ち切り、一方でY2(上司)については、解決策について特段の話し合いをせず3日間の自宅謹慎を命じたに止まった。このような状況からすると、B(専務)らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、また、雇用主としてXの譲歩や犠牲において職場関係を調整しようとした点において違法性がある。したがって、Y1は、上記の違法な行為について、使用者としての法的責任を負う。
【判例の紹介】
京都セクハラ事件
(平成9年4月17日京都地裁判決)
<具体的事案>
Y1は、呉服の販売等を業とする株式会社であり、Xは、平成3年2月21日から平成7年12月5日に退職するまで正社員としてY1で勤務した。
Y2はY1の代表取締役であり、Y3はY1の取締役であった。
ある男性社員が女性更衣室の様子を密かにビデオ撮影しており、Y1は、平成7年6月ころこれに気付いたが、当初十分な措置を取らなかったため再び同様の撮影が続けられた。
最終的に会社はビデオカメラを撤去し、この男性社員を懲戒解雇処分とした。
この件以来、Xは会社の雰囲気が悪くなったと感じていたところから、朝礼において会社を好きになれないと発言をし、この発言に対し、翌日の朝礼においてY2は、辞めてもらってよい旨の発言をし、またY3は、Xと男性社員が男女関係にあるかのような発言及びY1で勤務を続けるか否か1日考えてきてよい、又、本日はすぐ帰ってよい旨の発言を行った。
そのため、Xは職場にいづらくなり退職した。
そこで、Xは、Yらに対して損害賠償等を求めて争った。
<判決内容>
Y3はY1の取締役であって、代表取締役であるY2の親族でもあり、その発言は社員に大きな影響を与えるから、Y3は不用意な発言を差し控える義務があるというべきである。
また、不用意な発言をした場合には、その発言を撤回し謝罪するなどの措置を取る義務があるというべきである。
それにもかかわらず、Y3は朝礼において、本件Y2発言に引き続いてXはY1で勤務を続けるか否か考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨発言してXに対して退職を示唆するような発言をした。そのうえ、その発言のために社員がXとの関わり合いを避けるような態度を取るようになり人間関係がぎくしゃくするようになった。
XにとってY1に居づらい環境になっていたのに何の措置も取らなかったためXは退職している。
よってY3は、Xの退職による損害を賠償する責任を負う。
Y1は、雇用契約に付随して、Xのプライバシーが侵害されることがないように職場の環境を整える義務があるというべきである。
そしてY1は、Y1の女子更衣室でビデオ撮影されていることに気付いたのであるから、Y1は、何人がビデオ撮影したかなどの真相を解明する努力をして、再び同じようなことがないようにする義務があったというべきである。
それにもかかわらず、Y1はビデオカメラの向きを逆さにしただけで、ビデオカメラが撤去されると、その後何の措置も取らなかったため再び女子更衣室でビデオ撮影される事態になった。
Y1は債務不履行により、平成7年6月ころに気付いた以降のビデオ撮影によって生じたXの損害を賠償する責任を負う。
Y1は、雇用契約に付随して、Xがその意に反して退職することがないように職場の環境を整える義務があるというべきである。
そして、本件Y3発言によって、社員がXとの関わり合いを避けるような態度をとるようになり人間関係がぎくしゃくするようになったためにXがY1に居づらい環境になっていたのであるから、Y1は、Xが退職以外に選択の余地のない状況に追い込まれることがないように本件Y3発言に対する謝罪やXはY1で勤務を続けるか否か考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨のXに対して退職を示唆するような発言を撤回させるなどの措置を取るべき義務があったというべきである。
それにもかかわらず、Y1が何の措置も取らなかったためXはY1に居づらくなって退職しているから、Y1はXの退職による損害を賠償する責任を負う。
均等法や育児・介護休業法に基づき企業が法的に対応すべきハラスメント防止措置の内容を大別すると、次のとおりである。
①事業主の方針の明確化およびその周知・啓発
②相談(苦情含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③事後の迅速かつ適切な対応
つまり、
・「ハラスメントが起こる前」の対応として①②
・「ハラスメントが起こった後」については③
ただし、「関係性が悪くなりそうだ」というだけで異動は行えないし、ハラスメントを行う前に何らかの処分を科すことは不可能である。
それでも、ハラスメントが発生するリスクの高い異動であることが事前に分かっていながら異動させ、かつ実際にハラスメントが発生した場合、会社としては配慮義務違反に問われる可能性も否定できない。
※HRテクノロジーをうまく活用すれば容易に予測できたのにそれを怠った場合、というケースを考えると、そもそもテクノロジーを導入せずに人間技だけで予測しようとしている場合に比べて配慮義務違反に問われる確率も増しそうである。
★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点3」を参照)
このため実務的には、「①事業主の方針の明確化およびその周知・啓発」の対応を推し進めて、当該異動後にハラスメントの発生を防止するような個別的注意指導・教育を実施することにより被害を事前に防止し、また、実際に発生した場合には迅速かつ適切に対応することが必要である。
そして、このような個別の対応(パーソナライズ)はHRテクノロジーがあって初めて可能になるとも言え、HRテクノロジーはリスク管理という点でもメリットが大きい。
★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点4」を参照)
(3)職務がフィットしない者の異動
【要点】
・人と職務がフィットしているかどうかをスコア化するモデル
・解雇についてHRテクノロジーによって正当性を担保
・「現在の職務がフィットしていない」として異動を命じる
・解雇を行う前に配置転換を行うことにより企業内での活用を探る
・配転後の業績評価により解雇事由を積み上げる
・配転は解雇目的ではなく、あくまでも企業内での活躍可能性を探るために行われたものであること、すなわち「業務上の必要性があること」を論証
「人と職務がフィットしているかどうかをスコア化するモデル」については、フィットしていない者の異動・解雇に用いる活用法も考えられる。
たとえば、解雇についてHRテクノロジーによって正当性を担保する、ということが考えられる。
また、解雇に至らない段階として、「現在の職務がフィットしていない」として異動を命じることが考えられる。
この点、解雇を行う前に配置転換を行うことにより企業内での活用を探ることは、解雇の有効性を高める事情のひとつとなり有用である。
そして、HRテクノロジーを用いた配置転換については基本的には業務上の必要性が認められ、配転後の業績評価により解雇事由を積み上げて論証することになる。
企業として留意すべきは、当該配転が「解雇の目的のために行われた嫌がらせだ」という労働者の主張への対応だろう。
これに対しては、当該配転は解雇目的ではなく、あくまでも企業内での活躍可能性を探るために行われたものであること、すなわち「業務上の必要性があること」を論証すべきである。
★ここには大きな論点が潜んでいる。(末尾の「論点5」を参照)
ガイドライン
現在、HRテクノロジー・コンソーシアムが主導して「人事データ活用ガイドライン」を策定中であり、「採用」領域に関する「個別ガイドライン」についてはすでにリリースされている。
ここでは5つの論点の提示を行う。
論点1
HRテクノロジーを活用した最適配置によって労働生産性向上が実現されるのが理想であるが、その配置命令に合理性が認められるためには「(iv)労働組合等との交渉の状況」も重要な要素であるため、組合に対してHRテクノロジーの内容を十分に説明して理解を求めることも必要である。
テクノロジーの活用によってこれまでとは異なる観点から配置替えのレコメンドがあったり、それにともなって賃金減額される人が出ることもあり得るということも含めて従業員(組合)に理解・賛同してもらうためにはどのような工夫が必要か。
そこで、組合や従業員代表の理解を得るための具体的な説明方法と説明プロセスについてのガイドラインが必要である。
論点2
人材配置に関して、HRテクノロジーの判断によって本人が思ってもいないところに適性が認められる場合も想定される(むしろそれを「良し」と捉えるべきである)。
この場合には基本的には人事権が優先するが、企業としては人事権の法的有効性に加えて本人の納得を得る必要がある。そのためには、HRテクノロジーの判断内容も加味して、なぜそのような異動が必要とされるのかを説明できるようにしておく必要がある。
そこで、判断ロジックをクリアにするための製品開発ガイドライン、そして従業員に対して判断ロジックをどのように説明すべきかの指針を示すガイドラインが必要である。
論点3
ハラスメントが発生するリスクの高い異動であることが事前に分かっていながら異動させ、かつ実際にハラスメントが発生した場合、会社としては配慮義務違反に問われる可能性も否定できない。
HRテクノロジーをうまく活用すれば容易に予測できたのにそれを怠った場合、というケースを考えると、そもそもテクノロジーを導入せずに人間技だけで予測しようとしている場合に比べて配慮義務違反に問われる確率も増しそうである。
そこで、配慮義務違反とされないためには、HRテクノロジーをどの程度活用して対策を取っておけばよいのか、ということに関するユーザ側の指針となるガイドラインが必要である。
論点4
「事業主の方針の明確化およびその周知・啓発」の対応を推し進めて、異動後にハラスメントの発生を防止するためには個別的注意指導・教育を実施することにより被害を事前に防止することが有用である。
そして、このような個別の対応(パーソナライズ)はHRテクノロジーがあって初めて可能になるとも言え、HRテクノロジーはリスク管理という観点からも大いに活用すべきである。
そこで、「個別的注意指導・教育を実施」するために必要なデータとは何か、についてのガイドラインが必要である。
論点5
配置転換に関して企業として留意すべきは、「解雇の目的のために行われた嫌がらせだ」という労働者の主張への対応だろう。
これに対しては、当該配転は解雇目的ではなく、あくまでも企業内での活躍可能性を探るために行われたものであること、すなわち「業務上の必要性があること」を論証すべきである。
HRテクノロジーの判断内容も加味して、なぜそのような異動が必要とされるかを説明できると心強い。
その必要性を説明するために、「キャリアビルダー」「Career Pathing」のような機能があると有効である。
そこで、具体的にどのような機能を持たせるべきか、についてのガイドラインが必要である。
開講講座のご案内
【講座の目的】
「データとテクノロジーを駆使した新たな人事」への進化が真に求められています。ただしその「進化」の過程では、留意すべき事項も多々あります。特に昨今注目され始めているのが、個人情報保護とプライバシー保護の問題です。さらに労働法に関連しても様々な論点があり、多くの日本企業はこれらに対して十分な対策を取れていないというのが現状です。
人事に関わる者として最低限押さえるべき留意点とは何か?それらをクリアするための方法と実践的なステップは何か?
本講座ではこれらに関する基本的な情報を講師から提供するとともに、各概念の説明や専門用語の解説のみならず、各テーマに即して参加者同士がディスカッションを行うことを想定しています。
【講座の特徴】
・HRテクノロジー領域のキャリア10年以上
・ロースクール修了
の講師が、テクノロジーの活用推進に主眼を置きながらも法的な問題点を「事業会社の人事担当者目線」で分かりやすく解説します。また、「人事データ活用ガイドライン」の策定にも関わることが出来ます。
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